第7話 煩わしい 忘れられない過去
チぃーン!
茅葺屋の母屋にある仏間。久志は、仏壇の前で正座して、手を合わせている。千鶴子との言葉のやり取りの後、一人で母屋に足を運んでいた。この町では、茅葺屋根の平屋は、この霧崎家,一軒だけになってしまった。ただ広い仏間に久志が一人、背筋を伸ばし、何か神妙な趣で手を合わせている。仏間には飾られているご先祖様の写真。なぜか、一枚だけ幼い子供の写真が飾られていた。
「お兄ちゃん、ここにいたんやね。」
目を閉じて、手を合わせている久志の後方から、祥子の声が聞こえてくる。ゆったりとした動作で振り向く。
「ああ、父さんに手を合わせないと、奴が、うるさいだろ。」
久志が言う奴とは、千鶴子の事である。霧崎家には、久志と祥子の間に、もう一人息子がいた。名前は京介。久志の一つ下で、享年十歳であった。
「あと、京介にもな。」
…
祥子は、そんな久志の言葉に黙ってしまう。祥子が、三歳の時に他界しているので、もう一人の兄、京介の記憶はほとんどなかった。
「お前、赤ちゃんだったから、覚えていないだろうけど…」
祥子は、そんな久志の言い回しに懐かしく感じる。祥子が反抗期、思春期の頃、父親と対立をしていた時分。この母屋の縁側で、よく久志が話をしてくれた。
【お前には京介という兄がいて、お前の事を可愛がっていた。よくオンブをして、抱っこをして、泣いているお前をあやしていた。出来の悪い弟が、出来のいい兄と比べられるもんだが、うちは逆だった。俺がいつも、出来のいい京介と比べられていた。京介は、よほどお前の事、可愛かったんだろうな。昼寝するお前の横に、一緒に寝そべって、泣きやまない時は、お前をずっとあやしていた。そんな奴が、先に逝ってしまうんやもんなぁ。出来のいい弟が、出来の悪い兄貴より先に逝くんだから、笑ってまうよな。】
そんな内容の言葉を、事ある事に話してくれた。耳にタコが出来るほど聞いていたが、嫌にはならなかった。
「お兄ちゃん、また同じ事を…かわらんねぇ。」
そんな言葉を口にすると、久志に目を向けると、俯いて肩を震わせている久志の姿。
「どげんしたん。お兄ちゃん…」
「情けないよな。なんで、京介が先に逝くんよ。俺が先に逝けばよかったんだよ。情けない兄貴だよな。」
声を震わせながら、涙を堪えている久志。まだ、赤ちゃんだった祥子には、兄京介の死因の事は知らない。母親も父親も、京介の死因については、話そうとしない。そんな両親の気持ちを気づいていたのか、祥子も、あえて聞こうとはしなかった。
一つ違いの弟、久志と京介はお互いが遊び相手だったのだろうし、久志には、共通の思い出を持っている、多くの記憶が蘇ってきているのかもしれない。悔しそうに涙を堪えている久志の姿に、何も言えない祥子であった。
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