第33話 行ってきます また、帰ってきます
翌朝、まだ、陽が昇っていない時間。霧島家の母屋、だだ広い仏間の布団が綺麗に畳まれている。枕を、畳まれた布団の上に、チョコンと置いている。仏間の片隅に、普通サイズのトランクバックが一つ。久志は、このまま、黙って家を出ようとしていた。二十五歳の時の状況と同じである。あの日も、こうであった。もうここには、戻ってこないつもりで、何も言わず、上京をした。
<よし、行くか>久志は、静かにそんな言葉を口にして、立ち上がる。状況は似ていても、あの日とは明らかに違っていた。この町が故郷である。帰ってこないと云う気負いはない。いつでも、里帰りしようと考えている。書き置きはしていない、今日帰る事は、千鶴子に言ってあるし、家を出て行くわけではない。ここが、久志の実家であるのだから、【ただいま】と言って帰ってくる場所。
トランクバックを片手に提げ、仏間を見返してみる。そして、ゆったりと縁側に向かって足を進める。新宅の母親の部屋の灯りがボンヤリと点いている。多分、起きているのだろうと思う。これは、想像ではあるが、あの日も、もしかしたら、家を出ていく久志の事を知っていたような気がする。
まだ、陽が昇り切っていない暗がりを、ゆったりと足を進める。遠くの山頂が、ほんのりとだいだい色に染まる。霧島家の門がまえで久志は立ち止り、深く深呼吸をした。振り向き、深く、長く頭を下げる。
【行ってきます】頭を勢い良く上げて、そんな言葉を口にして、駅に向かって歩き出す。
了
秘密基地 (秘密基地と呼ばれていた場所へ~) 一本杉省吾 @ipponnsugi
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