第11話 墓参りの後

その日の正午、久志は、ぶっとい指で亀の子タワシを持って、ご先祖様のお墓を磨いている姿が見える。場所は、町外れの山寺、いくつものお墓が立ち並ぶ中、白髪交じりの頭を真っ赤なタオルで覆い、一心不乱でお墓掃除をしている。

「ご先祖様、しばらく振りです。全然、来れなくてすいませんでした。」

十何年分の思いを込めている。今日は気分がいい。早朝の母親の言葉が効いているのかもしれない。

真っ赤なタオルを肩にかけて、バケツの中の買ってきた菊の添え物花の束。正面をお墓の方に向ける。線香の束にライターの火を近つけた。一瞬勢い良く燃え上がる火の勢いを、百円ライターを口に加え、片手で線香を扇ぎ消した。煙が一本の線を作り、空に向かって、上がっていく。線香の独特な匂い。束を斜めにして置くと、一息をついて手を合わせた。何を思って、何を考えて、手を合わせているのだろう。それは、久志の胸の中にある。結構長い時間、手を合わせて、小皺が目立つ瞳を閉じていた。

山寺の坊さんに挨拶をして、山寺を後にする。長い石段を下りていると、昔の事を思い出す。昔と云っても、何十年も前の事、久志が子供の頃の記憶である。

「まだ、京介とつくった(秘密基地)あるのかなぁ。」

思わず、(秘密基地)というフレーズが出てしまう。階段の途中で立ち止まり、空を仰ぐ。久志の垂れ気味の頬に、生暖かい風が当たる。すると、いきなり石段を駆け下りだした。山寺まで乗ってきた【ホンダ】のスーパーカブに跨る。

「行ってみますか。」

弾けんばかりの笑みを浮かべて、そんな言葉を口にする。ヘルメットを頭に載せただけで、スーパーカブのアクセルを、勢いよくふかした。

山寺からカブで数分。その道のりの途中に林道にはいる所があったはずである。その林道を登っていくと、うっすらと見える山道。その山道の行き止まりの一角に拓けた空間に出る。拓けた場所のど真ん中に、ぶっとい木が立っていた。その木の上に、小さな小屋を建てる。京介と二人で、秘密基地を造り上げていた。

カブに跨り、秘密基地の事を思い出すと、不思議とニヤけてしまう。懐かしく、楽しいと思える記憶。初老を向かえた久志が、ニヤけている表情が、少し気持ち悪く感じてしまう。

“キぃー、ガったん!”

「ココかな。多分、ここだと思う。」

スーパーカブのブレーキを、思い切り握りしめる。被っているだけのヘルメットを、ハンドル部分にぶら下げて、砂利道になっている方向に視線を向ける。おぼろけな記憶からか、自信なさげに言葉を発していた。

舗装された道から、砂利道をカブでゆったりとした速度で走らせながら、キョロキョロと辺りに目を配らせて、山道を探す。なんせ、子供の頃の記憶、五十年近くの時間が経っているわけだから、自信がないのも当たり前の事かも知れない。

老眼がきている久志は眼を細め、視線を色んな所に飛ばしていると、気持ち茂みが窪んでいる所で視線が止まる。咄嗟的にブレーキを踏みしめ、カブのエンジン音が響いている中、身を乗り出して、その場所を凝視する久志。

「ココだ。」

突然、こんな言葉を上げる。この場所だと核心をする久志は、カブを降りて、いきなり茂みの中に入っていく。茂みの先の少し急な登りになった道らしき道を踏みしめて歩を進めていくと、光の帯が差し込む山道にぶち当たる。その先は、いきなり視界が拓けて、久志の瞳にぶっとい木が映し出された。

「やっぱり、ここだ。」

感動に近いものを感じる。根元がどっしりとしている木、上に伸びていくにつれ大きく三股に分かれていく。その三股に分かれた太い枝を利用して、床底を張り、小屋らしいものが建っていた。小屋の部分は、今にも崩れそうに廃屋のように見えるが、間違いなく、五十年ほど前に、弟京介と一緒に建てた、僕らの秘密基地が、この場所にあった。

久志は息を切らしていた。運動不足の初老。そんな老体に鞭を打って、ぶっとい木に向かい、歩を進める。正直、息が切れ、この場に座り込みたいのが、本音である。しかし、この風景を見てしまうと、自然と足が歩んでいた。一歩、一歩近づくにつれ、木の存在感に圧倒される。幼い二人が、よくこんな高い所に、こんなものを立ち上げたなぁと、思う。

【高崎町】一望できる場所。子供の頃、京介と二人で、秘密基地を造っていた情景が頭に浮かび、忘れてしまっていた記憶が、湧き水のように溢れてくる。そして、久志はしばらく、秘密基地を見上げていた。目尻にたまる涙を誤魔化す様に、秘密基地の先にある青空を見つめる。記憶の中の自分に問いかけるように、ゆったりとした時間が流れていく。五月初頭、初夏の出来事。


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