第2話 母校 現在の子供たち
ギィーコ・ギィーコ!
かわいらしい服装の女の子が、一人でブランコに乗っていた。小学校の放課後、周りの子供達は、集団で家路につく中、一人でポツリと、ブランコに座っている。他の子供達の服装と比べてみると、その女の子だけに違和感を覚える。他の子供達に比べて、色合いが派手なのか、浮き出ている。ヒラヒラとしたモノが多いのか、ふんわりした印象を覚える。その小学四年生の女の子は一か月前、横浜から母親の故郷である高崎に引っ越してきた。
「美香ちゃん、何しとるや。早く帰らんと…」
ジャージを着た女の子が声を掛けてくれるが、ブランコから離れようとしない。
「もうちょっと、ここに居る。」
この町の小学校は、自宅までの距離が遠い生徒もいるせいか、集団登校と集団下校が当たり前になっていた。学校で決められたグループを作り、登校の際は、必ず一緒に学校に来る。下校の際は、低学年・中学年・高学年の時間割の都合もあるので、必ずと云うわけにはいかないが、なるべくグループで下校する様になっていた。美香は、何かに反抗しているような物言いである。校庭から、少しずつ生徒の数が減っていく中、美香の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「美香ちゃん、帰ろうや。」
同じクラスの鍋東修二が、そんな言葉を口にしながら駆け寄っている。
(修二、俺達、先にいっぞ)
「おお、行っといて、俺は、もうちょっと、残とくで…」
先ほどまで一緒に居たクラスの男子数人に、そんな言葉を叫び、手を振っている。
…
「聞こえているんやろが、返事ぐらいせんね。」
口を噤んで、何も言わない美香に対して、そんな言葉を続ける。
「なんで、あんたは、いつも、そうなん。いつもいつも…」
修二は、美香の家と一軒置いた隣の家で、集団登校のグループの一員でもあった。
「美香ちゃんのせいで、怒られるんは、俺なんじゃからな。」
美香の前に立ち、そんな言葉を口にする修二。美香は、見上げる様に睨みつけるだけで、何も言葉を発しようとはしない。
「なんね。俺は何も、あんたから、睨まれるような事しとらんよ。」
修二は、溜め息もつきたくなってくる。美香と家が近いと云う事もあり、同じクラスでもある美香の事を、担任に頼まれていた経緯がある。美香は、転校をしてきて一カ月、なかなかクラスに馴染めないでいた。
(なるべく、一緒に帰ってほしい。話し相手にもなってほしい)
修二は、担任からのそんな事を頼まれていた。
美香は、横浜と云う街で生まれ育った。一カ月前まで、コンクリートで固められたビル群の中に居た。夜になっても、騒音が絶えないない、灯りが消えない街で生活をしていた。何万キロも離れた場所。180度違う環境の中、方言も正直、何を言っているのか分からない。
「何、言ってんのかわからない。標準語で喋ってよ。」
誰にも、構ってほしくない。一人になりたいと思っている時に、お節介をやき、正義感からなのか、そんな言葉をかけてくる修二を、うざく感じている。
「標準語?何、言うとるん。」
修二はこの高崎町と云う町で生まれ育った男の子。(標準語)と云う言葉に、少し恥ずかしさを感じる。美香も、修二が喋っている言葉が、わからないわけではない。
「いいから、帰ればいいじゃないの、ほっといてよ。」
「そげんわけにはいかんとよ。こっちは、先生に頼まれてとるんよ。」
修二は、素朴と云うか、素直なのだろう。真面目な男の子である。どちらかと云うと、クラスのまとめ役という感じであった。そんな存在だから、担任直々に声をかけ、頼まれていたのだろう。
「馬鹿じゃないの。そんな事、無視すればいいじゃないの。」
はぁ…
修二は、そんな美香の態度にタメ息をつく。自分の中で、これ以上言っても仕方がないと思ったのだろう。しかし、このまま、美香を一人にさせておくわけにもいかず、隣の空いているブランコに身体を移動した。
七月の新緑の香り。高千穂の峰から流れてくる初夏の風が、二人を包んでいた。目の前に広がる濃い緑の山々。正面180度、人工に作られたものなどほとんどない景色。修二にとっては、当たり前の風景。美香は、そんな景色に、(すごさ)を感じている半面、霧島山を中心とした雄大な景色のすごさを感じている自分を認めたくない感情もある。
「美香ちゃんって、なんで、そうやっと。」
急に、主語のない言葉が、美香の耳に届く。校庭には、ほぼ、子供達の姿が見えなくなっていた。
…
「都会もんって、こんなんなん。」
「何、言ってんの。」
美香は、そんな言葉しか出てこない。修二が、何を言おうとしているのか、わからないでいる。
「しゃべり方もそうやし、冷たいやろ。よそよそしいとよね。確かに、ここは、何もない田舎やよ。横浜やったけ…どんなとこか知らんけど、ここばぁ、来たんやから、馴染まんと。」
修二は、自分なりの言葉で、ちょっと大人ぶった事を口にする。
…
「俺も、うまく言へんけどな、180度、正反対の場所に来たんじゃが、前のままで、暮らしていくのは無理やっとよ。馴染む様に頑張らんと、友達出来んよ。」
美香は、修二の大人ぶった言葉に、上からモノを言われた感じがして、腹が立ってしまう。
「友達なんて、いらないわよ!」
…
思わず、大声をあげてしまう美香。
「私は、好きで、こんな町に来たんじゃないの。別に、横浜に帰れば、友達いるもん。こんな町で、友達なんて作らなくてもいい。」
続け様に、そんな言葉を発していた。修二と云う男の子は、冷静である。芯がしっかりしたいい男の子であった。声を荒げる美香を静かに見つめていた。
「いらんとね。本当に、いらんとね。そら、友達なんて、無理に作るもんじゃぁなかと思う。自然に出来るもんじゃと思うで。でも、美香ちゃんを見とったら、只、意地を張っているだけとしか、見へん。自然に出来ないのと、意地になって作らへんとやったら、全く違う事やと思う。それは間違っとる。」
修二は、そんな言葉を静かに口にする。
ギィーコ・ギィーコ!
二つ並びブランコが揺れている。鉄と鉄との摩擦で生じる音が、響いている。美香は、何も言葉を返さず、正面だけを見つめていた。返せなかったという方が、正しいかもしれない。的を得ていた修二の言葉が、胸に突き刺さっていた。その時、美香の視界に、ちらりと初老の男の姿が映りこんできた。
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