第3話 初老 はしゃぐ 赤面
(高崎新田)の駅前の道を真っすぐ歩き、T字路を右に曲がり、しばらくすると、小学校の校舎が見えてくる。
小学校か…
初老の男性が、そんな独り言を、感慨深く口にする。所々は、記憶にある風景とは変わっているが、生まれ育った町である事は間違いない。夢を抱いて、この町を離れた時が、二十五歳。あれから、三十二年も年月が流れていた。両親の反対を押し切って、家業の農業を捨ててまでやりたかった事。飛び出した若き日の事を思い出しながら歩いている。
「えっ、まだ、木造!」
道路を挟んだ先の方に、小学校の校舎を目にすると、思わず、こんな言葉を発していた。男性の歩く速度が速くなる。交差点を渡り、小学校の正門の前に立っていた。
「いや、気のせいか、この時代、木造なんて、あるわけないよな。」
目の錯覚なのだろうか、一瞬、毎日通っていた校舎の残像が、子供の頃の記憶が、瞳に映ったのかもしれない。改めて、自分が卒業した小学校を視界に入れて、言葉を発した。さすが、この時代に木造の校舎など、ありえない。運動場の先、ド真ん中にそびえ立つ時計塔の先、頑丈な鉄筋コンクリートの建物。昔あった、木造の校舎の位置に、ド~ンと三棟、立ち並んでいる。
【高崎小学校】と記している正門、昔と違う所が一か所だけある。(平成の大合併⦆で、男性にとって馴染み深い地名がなくっていた。【高崎町立】という地名である。今は、都城市高崎町になっていて、(北諸県郡)という地名ではなくなっていた。だから、この小学校名は(都城市立高崎小学校)となっていた。縦書きの小学校名をまじまじと見つめ、一抹の寂しさを覚える。
男性は、寂しい感情を振い払うように、正面を見つめた。そして、校内に、身体を、足を踏み入れた。運動場のまでの間、木々達が茂っている空間がある。樹齢何十年の木々達の中、一番年を取っている太い木を柱にした遊具。木々達の葉で覆われた自然の傘の下、程よい日差しの中、土と緑の懐かしい香りに包まれていた。幾分か、周りの気温より、涼しさを感じる。
「まだ、あるんだ。」
子供の頃の自分に戻っていく。幼い頃の記憶では、いつも、この遊具で遊んでいた。何度か、造りかえられているはずの遊具。この年になっても、乗りたくなる衝動に包まれる。校庭の先に見える時計塔の針に、視線を向ける。右側には、鉄筋建て体育館。奥の方にも鉄筋建ての校舎が見える。
「さすがに、昔のままじゃないわな。でも、懐かしいなぁ。」
男性は、生まれて二十五年間、この町で生きてきた。もちろん、この高崎小学校は母校になる。一気に、懐かしい子供の頃の記憶が、蘇ってくる。
「さすがにこの時間、誰も居ないよな。」
そんな言葉を口にする。辺りを見渡し、目の前の遊具に飛び乗る。傍から見ると、初老の男が、笑みを浮かべて遊んでいる。大勢の子供達の前では出来ない事。妹の結婚、父親の葬式などで、何度か戻ってきている。それも十数年前になる。懐かしい故郷に戻ってきた男性は、思わず、そんな行動を取ってしまっていた。
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