第8話 ヒューイの視点①――マルクス殿下――

 私はウェストフォリア公爵家の嫡男ヒューイ。

 王国騎士団で副団長を任せられているが、いずれは次期公爵位を継ぐ立場にあるため、そろそろ引退も考え始めていたところ、転機が訪れた。




 あの日、私は第三王子であるマルクス殿下の護衛として、王宮へ呼ばれた。

 王国騎士団所属である私が何故という疑問もあったが、陛下からの勅命とあれば断るわけにはいかない。


 通常であれば、王族の護衛は近衛騎士団が行うものだ。それを部外者である私が呼び出されたのだから、何か問題があるのだろう。


 噂によれば昨日、殿下はテーブルから落ちてケガをしたらしい。

 ならば、それが原因とも考えられるが、テーブルに攀じ登った殿下にも問題はある。

 マナーが成っていないと追及されれば、困るのは教育係であろうに……。


 そもそも第五殿下については、あまりいい話は聞こえてこない。

 わかっているのは、生まれてすぐに王位継承権を剥奪され、その贖罪のためなのか、甘やかされて育てられたくらいだ。


 そのせいか悪い意味で自由奔放。昨日のケガと同じような有り得ない事ばかりを繰り返す我儘な残念王子と揶揄され、家臣たちからもバカにされる始末。

 もっと王族らしい振る舞いを身に付けて欲しいものだと切に願うが、実際は陛下や王妃、それに上の殿下たちまでが駆けつけ、たいそう甘やかしたという話だ。


 全く意味がわからない。


 陛下たちは第五殿下をどうしたいのだろうか? 可愛いからと甘やかしたところで、将来困るのは殿下の方だ。

 いずれは王族から離れ公爵位を下賜される立場なのだから、それにふさわしいだけの教養を身に付けねば、いずれ困る時が来るだろう。


 まあ、私にはどうでもいいことだが……。


 あくまでも私が忠誠を誓う相手は陛下であり、王太子殿下であられるレイナーク様。

 間違っても第五殿下は有り得ない。


 マルクス殿下に会うまでは、私もそう思っていた。




 私は近衛騎士に案内され、殿下の部屋へ向かう。

 入口にはもう一人の近衛騎士が待ち構えており、私を見るとすぐに部屋へ合図を送る。

 重厚な扉が開かれ、私は促されるまま中へ。


 そこで待っていた人物こそ、噂の殿下だ。


「マルクス様、こちらは護衛を務めてくださる、ヒューイ様ですよ。王国騎士団の副団長さんですから、安心してくださいね」


 私の入室とともに殿下の侍女を務める女性メアリーが、簡単な説明をされた。

 けれど、私も初対面であるのだから、自己紹介は必要だろう。


「お初にお目にかかります、殿下。私は王国騎士団副団長を務めるヒューイと申します。此度は殿下が中庭をお散歩されるということで、護衛として参りました」


「うん、よろしくね」


 私が挨拶すると、そう言った殿下は少しばかり呆けた様子。たぶん、何故副団長がここにと、戸惑っているのだろう。

 どうやら聞いていたよりも聡明そうだが、考えていることが顔に出るのはいただけない。


「はい、陛下はマルクス殿下をたいそう可愛がっておられますから」


 私がそういうと、殿下は更に驚かれた様子。何故自分の考えていることがわかるのだ。そう言っているようにも見えた。


「はい、殿下は表情が豊かでいらっしゃいますので」


 私がこういえば殿下はどんな反応をなされるだろう。そう思い口にしてみると、殿下は慌てたように顔を隠した。


 やはり、バカではないらしい。


 感情表現が豊かなうえ表情も愛らしく、今の彼を見ただけでは我儘な残念王子と揶揄されるほどでもないと思うが、さて……。


 どうにも印象が違う。


 そんな思いを抱いていると、殿下は移動を始めた。

 私も護衛のため、その背後について歩く。けれど、後ろを振り向いてみれば、よくもまあゾロゾロと付いてくるものだ。


 近衛騎士は当然だが、メイドも何人かいて、執事も二人と、あれは医者か。

 まあ、頭を強く打った翌日だから仕方のないところだろうけど、過保護にも程があるってものだ。

 公爵家の私が騎士団に入っているのに、第三殿下にこの様子では先が思いやられる。

 いずれは王族を離れる立場なのだから、むしろ早めに騎士団へ預け、自立を促すべきであろう。


 私はいささか不満に感じつつも、現状を考える。

 陛下から殿下の護衛を依頼されたということは、私が後見人になれと暗に命じているのだろう。

 けれど、私の希望はレイナーク様であって、マルクス様ではない……のだが、殿下には人を引き付ける何かがあるようで、私の心は揺れていた。


 だからだろう。中庭に出た時、私は自然と殿下を抱き上げていた。


「殿下、ここからならもっとよく見えますよ」


 そう口にしたのも王宮の中庭は素晴らしく、その景色を堪能して欲しいと思ったからだ。

 にもかかわらず「うん、ありが――」と、何故か殿下は私を見て言葉を失った。


 もしかして、私の心が読まれたのか?

 表情には出ていないはずだが、私の本音はレイナーク様だと気づかれたのかもしれない。


 私は警戒しつつも殿下の様子を窺うと、どうやら彼の視線は私ではなく、後ろにいる者たちに向けられていたようだ。


 そうか、殿下もまさかあのようなことになっているとは、思わなかったのだろう。


 ようやく合点がいったと私が頷くと、殿下も初めは驚いた様子であったが、すぐに子供らしい零れるよな笑顔で景色を楽しんでいた。

 私もつい話が弾んでしまい、ずいぶんと打ち解けたような気がする。


 けれど、殿下は庭師の管理小屋まで来ると、表情を一変させた。

 ずいぶんと緊張した面持ちで、中にいるはずのトムさんとの面会を求めたのだ。


 


 それからのことは、私にとって夢のようだった。

 

 トムさんと面会した殿下の目的は、夢で見たゴムのボールを使って遊びたいから、それを作ってくれという内容だ。


 夢で見たものを作るとは、何たる無茶なお願いだろうと思ったものだが、トムさんの反応は違っていて、その言葉は私の心を揺さぶった。


「ほう、夢でございますか。それにしても素材までとは豪勢な夢でございますな」


 言われてみれば、確かにそうだ。ゴムのボールで遊んでいたからといって、その素材までわかるなど不自然だ。

 けれど、話はそのままでは終わらなかった。


「……ですが、確か自身が知らないことを夢で見ることなどないはずでして、もしそれがあったとしたら、予知夢か、神からの御神託でござりましょうな」


 気が付けば、私の身体は震えていた。

 予知夢? 御神託?

 そんなことは有り得ない。そう思いたい自分もいるが、もしそれが王家の秘密であるとすれば、陛下たちが殿下を可愛がる理由にも納得ができる。


 私は殿下とトムさんの話に聞き入った。

 そして、その内容が素材の話になった時、自然と手が挙がった。


「私が中隊を率いて採って参りましょう」


 どうやら私も、殿下に魅了された一人になってしまったようだ。

 

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