第31話 遠征の土産

「殿下、お久しぶりでございます。お変わりなく過ごされておりますか?」


「うん、僕は元気だよ。それよりヒューイ、長いこと来なかったけど、どうしてたの?」


 僕は以前と変わらず優しい笑みを浮かべるヒューイに、素直な疑問をぶつける。

 もう彼とは一月程度は会っておらず、護衛に来るのもゲイルとリティスのライアン兄妹きょうだいばかりなのだ。

 いったいどうしてしまったのかと不安になるのも、仕方のないことだろう。


 けど彼からは、僕が予想していなかった答えが返ってきた。


「はい、それはですね……。殿下のおっしゃっていたアオダモの木を採りに行っていたのですよ。アオダモの木はトロイトの森深くに生育しておりますが、そこまでに出会う魔物がなかなか強力で、ここまで時間が掛かってしまいました」


 まるで何事もなかったかのように話すヒューイであるが、彼が一ヶ月も掛かるというのはただ事ではない。

 いつものように中隊(約百人)を連れて行ったとしても、食料の輸送などを考えれば長すぎだ。

 相当無理をしたに違いないのだろうが、それを全く感じさせないところが彼の凄いところだ。


 なら僕も、それに応えるだけである


「僕のためにありがとう。一緒に行ってくれたみんなにも、僕が感謝していたと伝えて。この恩はいずれ楽しいイベントで返すから、楽しみに待っててねって」


「はい、もちろんです。殿下のお心遣いを聞けば、皆も涙を流すでしょう。それに、たぶんですが、殿下のしようとしていることって、我々のためでもあるのですよね」


 そう答えるヒューイは、流石に鋭い。


 もちろん僕が野球をしたいからってのもあるけど、実際はこの世界にスポーツという娯楽を生み出すことが目的なのだから、あながち間違ってはいないだろう。


 僕の野望としては、まず手はじめに騎士たちから広めていくつもりなのだ。そこから兄上たちを頼りに学校へ手を広げ、僕が通うころにはクラス対抗戦なんてことが行われていたら最高だろう。

 各都市ごとにチームがあり、国内でプロリーグなんてのも面白いかもしれない。


 僕の夢は広がるばかりなのだ。


「うん、その通りだよ。準備は進んでいるから、もうすぐお披露目するね」


 僕はそう言って、この話を終わらせる。


 トムさんに頼んでグローブとボールは運んであるし、もういつでもキャッチボールを始められるんだよね。

 みんなの驚く顔が、今から楽しみだ。




 ……ってことで、ヒューイも戻ってきたことだし、あの作戦を伝えてもいい頃合いだろう。

 これは、彼なくしてできない計画だからね。


「うん、それでね、ヒューイに協力して欲しいことがあるんだけど」


 僕がそう切り出すと、彼はすでに言いたいことを理解していた。


「ええ、リティスから聞いておりますよ。殿下は彼女と協力して、魔石の研究をなされているのですよね。それで、今日は遠征で手に入れた魔石を持参いたしました。全部ではありませんが、陛下からも許可を得ていますので安心してください」


 なんて、言ってくれるから、大助かりだ。


「えっ、ほんと」


 と、僕も驚いてしまったけど、最初から彼は大きなバッグを握っていた。


「はい、こちらをご覧ください」


 ヒューイは僕の前で、そのバッグに入っていた箱を開ける。

 すると、そこには色とりどりの魔石が並べられており、眩いばかりの輝きを放っていた。


「おおっ」


「まあ、きれいですね」


 箱の中身を見た僕とメアリーの感想は驚きだった。


 というのも、以前トムさんに見せてもらった魔石はどれもビー玉サイズで、それぞれの属性の物が三個づつ揃っていたため、整頓されている感が否めなかったけど、それが大きさも配列もバラバラ。でもキレイに輝いて見えるのだから不思議であるが、僕がもっと指摘したい点は別にある。


 箱の中身を確認するや否や、すぐさま鑑定した結果がコレだ。


 火の赤魔石強  火の赤魔石   冷の青魔石

 水の青魔石   研磨の土魔石強 岩の土魔石

 研磨の土魔石強 研磨の土魔石  光の黄魔石

 癒しの黄魔石強 風の白魔石強  風の白魔石

 緑魔石     緑魔石     緑魔石


 強の付く魔石が五つ。

 これが意味するところは、彼がとんでもなく強い魔物と戦ったであろうということだ。

 他にも岩の土魔石は初めて見たが、なんとなく戦いに使えそうな気がする。


 でも、まずはコレ、火の赤魔石強。どんな魔物から入手したのか、気になる。


「ねえ、この赤魔石はどうやって手に入れたの?」


「こちらはですね。森でレッドウルフに襲われまして、その時ですね」


 なんてことを簡単に言ってのけるヒューイであるが、レッドウルフなんて異世界物の小説でも強者に入る部類であったはずだ。

 それと遭遇したというのだから、ただでは済まないはずである。

 けど、もしかしたら、この世界では弱いのか?


 これは尋ねてみるしかない。


「レッドウルフって、大丈夫だったの?」


「はい、レッドウルフはウルフ系の最上位に位置する魔物ですが、厄介なのは炎を吐くことだけで、それ以外は他のオオカミとかわりませんね。まあ、炎は盾で防げますし、よくフォレストウルフを従えているので数は多いですが、こちらも中隊を率いていたので問題ありませんでした」


 そんなことを平然と言ってのけるが、ウルフ系最上位ってことは、そうとうヤバイ魔物だったはずだ。

 それを事もなさげに倒したとなると、むしろ彼らが強いのか?


「そんな魔物が相手で、よく無事だったね。ヒューイたちは僕の想像してた以上に優秀なんだ」 


「ふふふ、ありがとうございます。そうですね、この程度ならどうってことありませんね。それよりも、何度か遭遇した地竜が厄介でした。ヤツに襲われていたユニコーンの助けに入ったのですが、力及ばず残念な結果となってしまいました」


 そう話すヒューイであるが、ここに研磨の土魔石強があるのだから、地竜も倒したのだろう。


 でも地竜といえば、上位ランクのハンターたちが満身創痍で倒したという魔物だ。いくら彼が中隊を率いていたとはいえ、ユニコーンを助けられなかったのは仕方のないことかもしれない。


 けど、なんとなく癒しの黄魔石強がある理由がわかった。たぶん、ユニコーンの物だろう。


 そう思っていたら、案の定、正解だったらしい。


「亡くなったユニコーンには申し訳ないと思ったのですが、素材となる角と魔石をいただき、埋葬してまいりました」


 やっぱり……。


 でも、素材の回収と埋葬ができたくらいなのだから、地竜も倒したに違いない。どんな状況であったかわからないが、遭遇した時点で手遅れであれば無理もないことだけど。

 となれば、残るは風の白魔石強だけど、今はまだいいや。


 それよりも僕がピンポイントで魔石を指定したことに、ヒューイが怪しんだようだ。


「やはり殿下は魔石の種類がわかるのですね」


 まさかの指摘に、僕は焦りを覚える。


 まずい、バレた? どうしよう……。


 なんて不安を抱くが、ヒューイからはそれこそまさかな指摘がなされた。


「トムさんも言っておりましたが、殿下は精霊の声が聞けるのではないですか?」


「へっ……」


 あまりに突拍子もない説に、僕は素で驚いてしまった。

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