第30話 ヒューイの視点⑤――最大の壁――
私は騎士たちにほとんど被害を出すことなく、王都へ戻ってきた。
本音を言えばすぐに殿下のもとへ参上したいところだが、まずは陛下への報告だ。
今回の遠征では、ライアン伯爵家の活躍が目覚ましかった。
これはそれなりの褒章で報いるべきだと、陛下に奏上しなければならない。
「陛下、只今戻りました」
「ふむ、ご苦労であった。それで、どうだったのだ」
「はい、マルクス殿下の期待に応えるだけの成果を上げたと、報告いたします」
「そうか、なら良い。あれは優しすぎるからのう」
「そうで、ございますね」
やはり陛下も、マルクス殿下の甘さには気が付いていたようだ。
我々軍に属する者は国の盾。この国が良きようになるというのなら、身命を賭してでも戦わなければならない。
それを殿下は私情の理由だからと、騎士たちが死ぬのを嫌う。
もちろん私としても、いたずらに騎士を死なせるつもりは無いが、全てを護ることがいかに大変か。
その辺りの甘さに、殿下は気づいておられない。
だが……、それを心地よく感じる私がいるのも事実。
どうしても殿下の悲しみに暮れる顔は、見たくないのだ。
と、話がそれた。
私はライアン伯爵家の活躍を伝えねばならないのだ。
「陛下、今回の遠征につきまして、ゲイル、リティスのライアン伯爵家両名の活躍が目覚ましく、より良き褒章をお願いしても、よろしいでしょうか?」
「うむ、お主がそういうのであれば、よほどであろう。わかった、両名には私から望みの褒美をやろう。確かゲイルは騎士爵位であったな。よし、儂の権限で男爵位を授けよう。それからリティスは……」
「それでしたら、騎士ではなく参謀として召し抱えたいですね。あれを小隊長にしておくには、勿体なさすぎます」
「そうか……。では、こうしよう。リティスはマルクスに預ける。頭が切れるのであれば、ヤツの下の方が良かろう」
それはまさかの答え。
ゲイルが男爵位を授かる件は想定通りだが、まさかリティスを殿下に預けようとは。
やはり、陛下はマルクス殿下を正しく評価されている。
今更ながら継承権の剥奪は、何か意味があったのであろうと、確信した。
「ありがとうございます」
私は礼を言って、陛下の前を辞す。
そのままの足で殿下のもとへ向かい結果を報告すると、部下の無事を喜んでくれていた。
言葉には出していなかったが、その表情を見ればわかる。
全く、この御方は……。
私は涙が出そうになるもグッと堪え、その場を後にした。
それから一週間。
私は少し物足りなさを感じつつも、平和な日常を過ごしていた。
最近、殿下はおとなしくされているので、私は必要ないようだ。
それを寂しく思うが、殿下とて王族であられるのだから、暇ではないのだろう。
束の間の休息、なんてことにならねばいが。
そんなことを考えていると、殿下からお召がかかった。
私が急いで駆けつけると、殿下はいつものようにトムさんのところへ向かうようだ。
どうやらボールとグローブが完成し、その確認が目的のようだが、殿下は絵の描かれた紙を持っておいでだ。
どうにも胸騒ぎがする。
けど、そんな予感は当たるもので、殿下のお望みはアオダモの木。
トムさんも猶予を半年と言っていたので、その危険性を理解しているのだろう。
殿下が部屋へ戻った後、私が再びトムさんを訪ねると、彼は少し悩んだ様子だ。
「ヒューイ殿か」
「はい」
「そなたであれば、アレを狩ってこれるか?」
「殿下の望みを叶える方法でというのであれば、厳しいでしょう」
アオダモの木だけであればいいが、問題があるとすればアレの生息区域。
そこはトロイトと呼ばれる魔の森で、危険な魔物が潜む禁忌のエリアだ。
到底、犠牲無くして敵う相手ではない。
「だが、坊ちゃんはアレをお望みだ。どうにかするしかあるまい」
「わかりました。時間は掛かるでしょうが、どうにか致しましょう」
「やってくれるか」
「はい……。ですが、今回の遠征にはゲイルとリティスを残そうと思います。私がいない間、彼らには殿下を頼もうかと」
「うむ、それが良いかもしれぬな」
こうして私は中隊を率い、アオダモの木を狩りに向かうのだった。
今回の戦いで必要となるのは、強力な壁。
アオダモの木は非常に柔らかく、アロン樹やネンチャクカマキリと比べ刃も通る。
素早い動きにさえ対応できれば、倒すことなどわけないだろう。
だが、問題があるのは、そこに住まう地竜だ。
トロイトの森は地竜の住処でもあり、他にも強力な魔物が潜んでいる。
その最大危険度である魔物が、地竜なのだ。
地竜は竜と名がついていても、翼がないため空を飛べるわけではない。
むしろ、その姿は四つ足で歩く大きなトカゲで、強力なタックルが武器となる。
たとえ遠回りしをしても、敵対することは避けなければならない。
そう思っていたが、早速お出ましだ。
「前衛、盾を構えよ」
「「「「「「「「「「 はい! 」」」」」」」」」」
私の合図で前衛部隊が大盾を構える。
地竜はもう突撃体制に入っており、これを全力で受ける必要があるのだ。
前衛部隊が大盾を構え、その後ろを数人で支える。
これで地竜のタックルを受け止めようというのだ。
一歩違えば大ケガを負うが……。
ガッシーーン
硬い皮膚と金属のぶつかる鈍い音。
「「「「「「 せやあああ 」」」」」」
と、掛け声が聞こえ、必死でこらえる。
「よし、よくやった。あとは任せろ」
私はジャンプ一番、騎士たちの背を足場にして、大きく跳ぶ。
そして剣を下に向け、動きの止まった地竜へと突き刺した。
激しい痛みに暴れまくる地竜から私は離れず、必死に刺さった剣をグイグイ押し込んで行く。
振り落とそうとする地竜と、必死にこらえる私。
どちらに転んでもおかしくない戦いであったが、勝敗は私に決す。
深々と突き刺さった剣がヤツの心臓まで届き、動きを止めたのだ。
「ふう……、みんな、よくやった」
「副団長こそ、お見事です」
このような戦いを何度も繰り返し、ようやく我らがアオダモの木を狩ったころには、半月が過ぎていた。
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