第6話 中庭の散策
三十分後、使いに出した近衛騎士が戻ってきて、僕の外出許可はおりた。
けど、思っていたよりも時間が掛かったため尋ねてみると、呆れた理由が判明する。
「陛下が一緒に行くとゴネまして、宥めるのに苦労しました」
…………いやいや、どんだけだよ。国王なんだから、ちゃんと仕事をしてくれよ。
まあ、息子にパパ呼びを強要するような人だから、わからなくもないが。
でも、もとはといえば、僕がうっかりパパって呼んでしまったのが原因だったりするんだよね。それ以来ずっと言って欲しそうにしてくるから困ってるんだけど、お願いする時に便利だから、つい……。
けど、今回は無事に許可がおりたのだから、良しとしよう。
それよりも、これから僕は初めてお城の外へ出るんだ。すっごく楽しみ、中庭だけど……。
そんな僕の一喜一憂など関係なく、外出準備は進められる。
どうやら近衛騎士が新たな護衛を連れて来たらしく、メアリーが紹介してくれた。
「マルクス様、こちらは護衛を務めてくださる、ヒューイ様ですよ。王国騎士団の副団長さんですから、安心してくださいね」
「お初にお目にかかります、殿下。私は王国騎士団副団長を務めるヒューイと申します。此度は中庭をお散歩されるということで、護衛として参りました」
「うん、よろしくね」
……ん、なんか聞き捨てならない言葉があったような。王国騎士団? 副団長? 安心? って、僕、中庭に出るだけだよね。お城の外って、そんな物騒なの?
まさか、これも父上の差し金?
「はい、陛下はマルクス殿下をたいそう可愛がっておられますから」
……あれ、この人ヒューイさんって、言ったっけ。
今、僕の心を読んだよね。間違いなく読んだよね。
「はい、殿下は表情豊かでいらっしゃいますので」
ぐをおおおっ、マジか。だから昨日もメアリーにはバレバレで……。やべえ、心を鎮めなきゃ。また熱が出ちゃう。
でも、まさか感情が顔に出てるとは思わなかったな。正直、かなり恥ずかしいんだけど。
今度から気をつけよう。
そんなことを考えつつも、僕はメアリーと手を繋いで廊下を歩く。
その後ろをヒューイが付いてくるのだけれど、彼は鎧などを着ておらず、普段着のような装いだ。
近衛騎士がガチガチの鎧で身を固めているのに、変だよね。
けど、まだ五歳の僕にとってはどうでもいいことで、今は初の外出が楽しみで仕方がない。
「ねえ、中庭って、どんなとこ?」
「はい、そうですねえ……。中庭は王宮と王城を繋ぐ通路の役割をしていまして、陛下と王妃様がよくそこで愛を語り合ったとか。とってもきれいで素敵な場所ですよ」
「そうなんだ、父上と母上が……。うん、僕も早く見たいな」
僕はますます楽しみになり、歩く足も早まる。
けれど、階段を二つ降りただけで、目的の場所へと着いてしまった。
「さあ、マルクス様。着きましたよ」
「えっ、でもここ三階だよ」
「はい、中庭は三階にありますから」
「そうなの?」
僕は中庭と聞いていたので、てっきり外を散歩するのかと思っていたけど、どうやら違ったらしい。
そこは庭園風の渡り廊下とでも言うべきか、知らなければ三階とは気づかないほどの広さがあった。
「よしっ!」
記念すべき第一歩踏み出し、僕は初めての外出を試みる。
もちろんそこに何か障害があるわけではないけど、転生して初めて王宮の外へ出るんだ。緊張しないわけがない。
でも……。
「すっごくキレイ」
僕は一瞬でその景色に心を奪われた。
目の前には生垣にセパレートされた歩経路を彩る赤や黄色、ピンクの花々。その先にはアーチ状に縁どられた薔薇のトンネルが待ち構えており、僕の冒険心をくすぐった。
「なんか、ワクワクするね」
「はい、私も素晴らしいと思います」
何度も見たことがあるであろうメアリーも僕の気持ちに合わせて、一緒になって感動してくれた。
これだけの仕事をしてくれる人なら期待が持てる。
そう確信を得ていると、両手で僕をヒョイっと持ち上げる大きな手があった。
「殿下、ここからならもっとよく見えますよ」
「うん、ありが――」
うわっ、眩しい。あ~くそ~、無駄にイケメンなんだよな。だから異世界ってやつは……。
そんな悪態をつきたくなるもグッと堪えて、僕は抱き上げた人物を見る。
はぁ……。身長は二メートル弱くらいか? 鍛え上げられた肉体と、僕を抱っこしての安定感。更には金髪の爽やかイケメンって、キラキラが眩しすぎるぜ。
モテるよね。絶対モテるよね。
前世チビだった僕のコンプレックスを刺激して、楽しいか? 楽しいのか?
あ~くそ~。
……おっと、また思考がそれた。
僕だって今世ではふわっふわの金髪で、瞳の色も淡い青って感じだけど、まだプニプニだからね。
いずれは身体も大きくなってカッコよくなりたいと思っているけど、それはまだ先の未来。
大人と比べても仕方ないから、今はまだ我慢だ。
そう、もちろん僕を抱き上げたのはヒューイ。
護衛の騎士が両手を塞ぐって大丈夫なのって思ったけど、目線が高くなってわかった。何この状況。
僕たちの後ろに控える近衛騎士が五名。他にもメイドが三人いて、執事が二人。そして、お医者さんらしき白衣を着た人も……。
うん、そうだよね。昨日頭を打つ大ケガをしたんだから、こうなるよね。くっそー、何その温かい目は?
あ~、もしかしてこの状況、パパに抱っこされた幼児? じゃあ、ママはメアリーか。
いや、違うからね。彼女は僕のだから、あげないよ。
はあ……、またやっちまった。
う~ん、どうもこの身体になってから、暴走が激しいんだよね。見た目は五歳でも、中身は十八歳のおとな。だいたい前世ではもっと落ち着いていたと思うんだ。あんま覚えてないけど。
よし! 気を取り直して出発だ。
ここからが本番、みたいな。
……なんて思ってたけど、結局は目線が高くなったことに興奮して、中庭を堪能してしまった。
でも、しょうがないじゃん。二メートルだよ、二メートル。そんな目線で歩くことなんてないし、もう楽しくって。
はい、ごめんなさい。
と、そんな寄り道もあったけど、僕たちは管理小屋まで辿り着いた。
その間、僕がこっそり鑑定したヒューイのステータスがこれである。
(名前) ヒューイ・ウェストフォリア (年齢)25歳 (性別)男
(所属) ウェストフォリア公爵家嫡男
王国騎士団副団長
第五殿下の護衛
(能力)
(ちから) 75/90
(スタミナ) 80/90
(走力) 85/90
(遠投力) 52/90
(守備力) 78/90
(長打力) 64/90
(指揮力) 90/90
えっと、ヤバくない?
ヒューイが公爵家ってのもそうだけど、分母が全て90だし、それ以外の数値もマジで高い。
今まで調べた中で、僕を除くと最高。もしこれが野球ゲームの能力値じゃなきゃもっと楽しめたのに。
とりあえずは見なかったことにしよう。
僕はそっと心に蓋をし、改めて管理小屋へと意識を向けた。
すると、入口でメアリーがドアをノックし、僕の訪問を告げる。
「トムさんはおられますか? マルクス様がお会いになりたいそうなので、取次ぎを願います」
すでに先触れは出しているが、対応に出たのは別の人らしい。
トムさんは庭園管理者筆頭らしいから、当然の対応だ。
中からドアが開き、僕たちを招き入れる。といっても、これだけの人数は入れないので、僕とメアリー、それに護衛のヒューイだけだ。
もちろん僕は、彼の抱っこから降ろしてもらっている。
そして建物の奥まで案内され、そこで待っていた五十代後半くらいと思われる人物から紹介を受けた。
「おお、これは坊ちゃん、大きくなられましたな。覚えてないかと思いますが、儂はトム。まだ坊ちゃんがこれっぽっちの時に抱かせて貰いましたのじゃ」
え……。って、当たり前か。僕はこの国の王子だからね。でも、トムさん。僕が小さい時だからって、親指と人差し指の間で表現するのはやめてくれる。いくらなんでもそれはないからね。僕、人間だよ。まあ、神様の使徒みたいなことにはなっているけど……。
でも、ようやく目的の人物と会えた。
これで、一歩前進かな。
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