第5話 ゴムのボール

 僕はステータスウィンドウを閉じ、改めてその内容を整理してみる。


『どうやら僕は、この世界へスポーツを広めるために転生させられたらしい』


 神に出会った記憶はないと思っていたけど、メールの内容から察するに、会っていたのだろう。

 そんな記憶があるような気もするが、あまり思い出したくないと思うのは何故なのかな。


 でも、どうして僕が? ってのは置いておくとして、もしかしたらまた野球ができるかもしれないんだ。これを喜ばずにして、いられるものか。


「やったー!!」


「マルクス様?」


 いかんいかん、うっかり叫んじゃった。


「ううん、何でもないよ」


「そうですか。ゆっくりお休みになってくださいね」


「は~い」


 ふう、焦ったぜ。

 これじゃあ、ただのお子様じゃねえか。まあ、お子様だけど……。


 とりあえずメアリーを誤魔化せたのは良しとして、どうしよっか。

 何かしらアクションを起こす必要はあると思うけど、まずはボールの入手? 

 それからキャッチボールをするためのグローブと、打つためのバットを作って、その後ベースにライン引きの順番かな。

 いずれは球場も欲しいけど、百メートル四方のグランドがあったら十分だし、あとでいいや。


 でも、ボールかあ……。


 前世の子供の頃は広告用紙をクシャクシャにしてボールを作り、新聞紙を丸めてバットにして遊んだような記憶があるけど、たぶんこの世界で紙は貴重だろうから無理だよね。代わりになりそうな物といえば……ミカン?

 いやいや、無しでしょう。食べ物を粗末にしたら勿体ないお化けが出ちゃうから。

 この世界にいるかわからないけど、ファンタジーだったらもしかして……。


 うん、アホな考えは一旦忘れて、真面目に考えよう。


 野球のボールっていったら、軟式か硬式。

 軟式ボールの素材はゴムだから、この世界にゴムの木があれば作れそうだよね。

 神様が普及させろって言うくらいなんだから、素材くらいあるでしょう。


 まずは調べてみるか。


 僕はステータスウィンドウを開き、神様から教えられたとおりにテキスト欄へ記入してみた。


『野球用のボール』


 こんな感じかな。検索ボタンはないみたいだけど、どうすりゃいいんだ。


『ゴムボール、軟式ボール、硬式ボール』


 おっと、選択肢が出てきた。これってたぶんクリックすればいいヤツだよね。

 じゃあ、どうしよっか。僕はまだ五歳だから、安全面を考えてゴムボールってのもあり? 手本を見せる立場の僕がボールを怖がっていたらダメだよね。

 うん、まずはゴムボール一択と。


『ゴムボール』


『素材 ゴムの木の樹液

    アロン樹の根の粉末

    ネンチャクカマキリの体液』


「…………げっ、マジでファンタジーだった」


 まずは……、うん、やっぱゴムの木はあるんだ。それにアロン樹は知らないけど、問題ないでしょう。

 でも、お前はダメだ。ネンチャクカマキリって何だよ。魔物か!? 魔物なのか!?

 ぐをおおおっ!! どうすんだ、これ。ハアハアハア。

 あ……、やべえ、熱が出た。


 そう、僕は昼間に頭を強く打ったから、簡単に熱も出てしまうわけで……。


「あら、マルクス様? 少しお熱があるようですね。すぐに着替えましょう」


 目ざとく僕の体調変化に気づいたメアリーが、すぐに着替えさせてくれる。

 そして、またベッドの中へと思いきや、彼女はメイド服を脱ぎ、畳んでから一緒に中へ……。


(アウト!)


 アウトだよね。いや、普通濡れたタオルをオデコにあてるとかでしょう。

 そりゃあ、まるっきり下着姿ってわけじゃないけど、さっきまでと比べて生地が薄いよ。感触がモロに伝わってきて、どうしていいかわからなくなる。


 でも……。


「わたしが一緒にいますから、安心してお休みくださいね」


 と、彼女は僕を軽く抱きしめた。


 ええ子やぁ。こんな子、好きにならない方がどうかしてるよ。

 惚れちゃってもいいよね。僕はもう止められないよ。


 なんて思ってみたりしたけど、所詮はこのお子様ボディ。

 何ができるわけでもなく、その優しく包まれるような感触で、すぐに寝入ってしまった。




 翌朝、僕が目覚めると隣にメアリーの姿はなく、少しだけ寂しさを覚える。

 たぶん彼女のことだから僕が寝付くのを待って、ベッドから出たのだろう。いくら専属のメイドだからって、添い寝はやりすぎだからね。

 でも、きっとそばにいてくれた。それだけはわかる。


 とまあ、そんな与太話は置いといて、僕の記憶が戻って二日目。

 さっそく行動しなきゃと思っていたけど、家族そろっての朝食会や、王子教育と実に多忙。

 それでも、まだ五歳の僕には自由な時間があるわけで、まずは相談。もちろん相手はメアリーだ。


「ねえ、メアリー。ゴムのボールって知ってる? あったら欲しいんだけど」


「えっと、ゴムのボールですか? う~ん、ボールとはどのようなものでしょう?」


 おっと、ボールじゃ伝わらないか。


「えっとね、丸い球って言ったらいいのかな。大きさはミカンくらいで、投げ合って遊ぶんだよ」


「……そうですか、私には心当たりがないようです。申しわけありません」


 まあ、仕方ない。あったらラッキーくらいに考えていたから、別にいいけどね。

 でも、それで諦めるわけにはいかないから。


「じゃあ、誰か知ってそうな人いない?」


 そう尋ねてみたら、どうやら彼女には心当たりがあるらしい。


「知ってそうな人ですか……。だったら、庭師のトムさんに聞いたらいいかもしれません。ちょっとお爺ちゃんだけど、すっごい物知りで、庭師の統括も務めているんですよ」


「へえ~、そうなの。じゃあ、ボールも知っているかな?」


「はい、そうかもしれません」


 僕はその言葉に期待を膨らませる。

 庭師ってくらいだから平民なんだろうけど、そういう遊びを知っているかもしれないんだ。


「あっ、そうだ。今から行ってみませんか?」


「え、いいの?」


「そうですね。陛下から許可をいただければ、大丈夫だと思います」


 メアリーは呼び鈴を手に取り「チリンチリン」と鳴らす。すると、部屋の前に控えていた二人の近衛騎士の内の一人が入ってきた。


「失礼いたします。お呼びでございますか」


「マルクス様が、中庭へお散歩に出られます。至急、陛下からの許可と、護衛の選抜をお願いします」


「はっ、かしこまりました」


 メアリーからの指示に従い、走り去っていく近衛騎士。


 正直、メアリーって何者なんだろう。

 僕がそう思ったとしても、不思議ではないはずだ。

    

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