第15話 空気?

 またまたやってきました、庭師の管理小屋。

 今ここでは、素材の集まったゴムのボールとグローブの開発が進められているところであります。


 いや~、楽しみだよね。もうすぐボールとグローブが手に入るんだよ。

 まずは第一歩。ってところだけど、僕は月面に上陸したような気分だ。


 …………まあ、そんな経験は無いんだけどね。


 でもでも、わかるでしょう。僕が苦労したわけではないけど、苦節二週間。ついにこの時が! 


 って、来るのは、まだ先の話かあ。ざんねん……。




 さて、そんなおとぼけは置いといて、予想通りボールの設計は苦労しているみたいだ。たぶん配合の問題なんだろうけど、こればっかりは僕でもわからない。まあ、何度も実験して最適な割合を探し出すことは必須だから、頑張ってもらいたいと思う。


 けれど、グローブに関しては順調だ。要はガープ牛の皮を鞣して、僕の記憶にある姿を再現するだけ。分解図もわかるから、後はハサミで切って縫い合わせれば完成。


 タンポポ羊の綿毛は綿のような羊毛だったし、素材としては上物ってだけで、これなら他の素材でも代用できるから問題なし。この世界に綿はないのかと思ってたけど、普通にあった。たぶんあの検索機能は、最適解を教えてくれるだけなんだろう。

 でも、グローブの形状もポジションによって違うから、キャッチャーミットなんかは手が痛くならないように、いい素材で作るべきだよね。

 ピッチャーの調子をよく見せるために綿を抜いて捕るなんて話もあるけど、それじゃあ痛いだろうから、お薦めできないかな。


 みんなが快適で楽しくをモットーに! を、目指して頑張りたい。


 なんて、一人で盛り上がっていると、トムさんから声が掛かった。


「坊っちゃん、少しよろしいですかな?」


「あ、うん。だいじょうぶだよ」


「とりあえず、試作品ができたでな、見てほしいんじゃが」


 そう言って彼が差し出した物を受け取ると、それはやや硬いボール。これはこれで有りだと思うけど、試しに鑑定してみた。


 【やや硬いゴムのボール】


 そうだよね。


 う~ん、たぶんゴムの皮が厚いんだと思うけど、中の空気はどうやって入れているんだろう。


 ちょっと聞いてみよう。


「トムさん、少し聞きたいんだけど、空気入れって、わかる?」


「ふむ、空気入れ? それは何でございましょう」


 ああ、やっぱりか。

 もしかしたら空気の概念が無いのかもしれないと思っていたら、その通りだった。


「えっとね、空気っていうのは、僕たちの周りに浮かんでいるものだよ。目には見えないけど……」


「ほう、我々の周りに……ですか。ふむ、ですが目に見えないのでは認識しようがありませんな」


 トムさんは周りをキョロキョロ窺いながらそう口にするが、うん、そうだよね。僕だって見たことは無いもの。でも、それを感じることは出来るはず。人は生きていくために呼吸が必要だし、理解するには息を吐くってのもありだと思うけど、分かり易いっていったらやっぱりコレかな。


「ちょっと説明したいから、最初に僕が言うものを作ってもらえる。竹筒のような中に穴の開いた棒と、その穴にピッタリ合うサイズの棒。それから穴の開いた棒の先端は細くして欲しいけど、こんな感じ。出来るかな?」


 僕は簡単な説明と、そのデザインを紙に描き、トムさんに渡した。


 この世界は不思議なもので、紙やインクのようなものはあるのに、空気のような知識はない。

 ずいぶんと歪な発展を遂げているような気がするけど、歴史を紐解けばそんなものだったような気もする。

 確か、紙は六世紀ごろに中国から日本へ伝わったって聞いたけど、酸素を発見した人は十八世紀の自然哲学者だったような……。

 でも、うちわや扇子、それに空気を利用した楽器なんかもあるのに、空気がわからないってどういうことだろう。


 でもまあ、それはいいや。たぶん、認識の違いだろうし。


「ふむ、やってみましょう。少々、お待ちくだされ」


 トムさんはボクの描いた絵を参考に、試作品を作ってくれるようだ。見た目は簡単な水鉄砲って感じだけど、目的は十分果たせるだろう。

 本当は蛇腹にして空気を取り込む仕様の方が効果は大きいと思うけど、まずは理解からだからね。うまくすればアコーディオンだって再現できるかもしれないし。


 トムさんは奥の部屋に入り、およそ三十分ほどでお願いした物を作ってきた。


「坊ちゃん、これでよろしいかな?」


「うん、希望通りだよ」


 恐れ入った。職人とは彼のような人のことを言うのだろう。元伯爵だけど……。

 でも、初見なのに設計と寸分狂いもなく造り上げるとは、流石だね。


 じゃあ、さっそく準備に取り掛かろう。


 やるべきことは簡単。穴の広い方から棒で押し、空気を圧縮させて細い方から出すだけ。

 これでトムさんの肌に風を当てれば、見えない何かがあるってわかる寸法だ。


「じゃあ、いくね。はい、どう?」


「おおっ、これは、風ですな。室内であるにもかかわらず風が起こるとは。もしやこれをゴムのボールの中に吹き込んでやれば、中が膨らんで。となれば、最初はもっと小さくする必要があるか、ブツブツ……」


 うん、どうやら成功したみたいだ。あとは任せておけば、勝手に開発してくれるでしょう。


 僕は出来上がりを楽しみに、部屋へと戻った。

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