第16話 ゴムのボールとグローブ
あれから一週間。
僕は暇していた。
もちろん毎日の王子教育はあるけど、もともと高校まで通っていたのだから、勉強もそう難しくはない。
子供の身体ってこともあり物覚えもよく、苦戦しているといえば歴史。なんとなく聞いたことのある地球の話ならイメージできるけど、ここは全く別の世界だからね。地図を見ても聞いたことのない国ばかりだし、その歴史背景となると……。
もういいやって根をあげたいところだけど、僕は王族だから知ってなきゃいけないんだって。
「殿下、いかがなさいましたかな」
「ううん、王様って凄いんだなって思って」
「ははは、そうです。陛下は凄い方なのですよ。あれは私がまだ――――」
しまった。またやっちゃった。
う~、早く終われ。
「――――とまあこのようにですな、殿下も育っていただければ、私も嬉しゅうございます」
「う、うん、頑張ってみるよ」
「殿下、頑張るのではなく、なるのです」
うわ~、めんどくせ~。
強制ですか? そうですか。
僕だって頑張っているんだよ。早く野球がしたいから。
……でも、それでいいのか?
よく考えてみたら、おかしいのは僕の方だよね。うん、そうだよ。
ごめんなさい、だいぶ熱くなってた。トマスだって僕のために頑張ってくれているんだ。もっと真剣に話を聞こう。
「は~い」
「殿下、は~いではなく、はいですよ」
ありゃ? 反省。またでした。
でも、これで今日の王子教育は終了。
もう、キャッチお手玉も飽きちゃったし、この後どうしようかな。
そう思っていたら、軽くドアを叩く音がした。
たぶん、彼だろう。
「殿下、お呼びに参りました。例のものができたみたいですよ」
「ほんと、すぐに行く。メアリー、パパに連絡して」
「はい、すぐに手配いたしますね。でも、マルクス様が陛下をパパって、うふふ」
うぐっ、だって、しょうがないじゃん、嬉しかったんだもん。
でも、あ~、やっちゃった。気を付けていたんだけどな……。
メアリーが僕のやらかしに気づいて、微笑ましそうな笑みを溢す。
僕は恥ずかしくなって顔を逸らすも、そちらではニッコリと笑みを浮かべたヒューイと目が合った。
「やっぱり殿下も、陛下が大好きなんですね」
「…………」
くっ、コロせ~。こんな
「殿下?」
「あ、うん、すぐに準備するよ」
やばっ、ひとりで盛りあがってた。いかん、いかん。
僕は気を取り直してお出かけの準備をする。といっても、特に持っていくものは無いんだけど、強いて言うならバットの設計図かな。
金属製よりも木を削ってできる木製の方が簡単だろうから、詳細な絵を描いたんだ。
製法は僕の汚い文字より言葉の方がいいだろうから、その場で説明するつもりだ。けど、形状とヘッドの大きさやグリップ、それにグリップエンドのサイズなんかは、言葉で説明するよりも見た方が早いからね。
木材の加工なんかは木剣があるくらいだから心配いらないし、あとは工程日数がどれくらいかかるのかだけど……。
そんなことを考えていた僕に、この後トムさんから衝撃の事実を告げられる。
僕はいつものようにメアリーとヒューイを連れて、管理小屋へ入った。
中ではすでにトムさんが待っていて、完成した物を手渡してくれた。
「坊ちゃん、こちらを確認してくだされ」
「うん、じゃあ、ボールからだね。えっと、弾力もあって、柔らかさも丁度いい出来だと思うよ」
受け取ったボールを手で握り確かめた結果、あっちの物と遜色ないゴムのボールが出来上がっていた。
僕には、作り方まではわからないので、凄いことだと思う。
これならあとは使ってみてだから、ひとまず完成でいいのではないだろうか。
「おお、ご期待にそえたようで、なによりです」
「ありがとう。まだ使ってみなくちゃわからないけど、これなら大丈夫なんじゃないかな」
僕は完成したゴムボールに合格をだし、グローブを手に取った。感触を確かめ、ボールを挟んでみるとまだ形が出来上がっていないので、弾きそうな感じがする。でも、特に問題はなさそう。
「こっちのグローブも、うん、問題ないよ。完璧」
「そうですか。それは良かった。では、こちらは坊っちゃんからいただいた完成図をもとに、いくつか形の違うものを作ってみましょう」
「うん、お願いね」
こうしてボールとグローブは完成。
さっそく帰ったら手入れをしたいけど、今日はもう一つお願いがあった。
僕はバットの設計図をトムさんに見せ、詳細を説明する。
バットの素材を検索すると、あっちの世界と同じアオダモだったため、何も心配はいらないと思っていたのだけれど……。
「アオダモですか? ふむ、完成までに半年ほどいただけますかな」
それは全くの想定外。僕は木材を削って造るだけだから、すぐにでもできると思っていたけど、違ったようだ。
でも、どんな理由だろう。
「ねえ、半年って、どうしてそんなにかかるの?」
「ええ、まずは素材となるアオダモですが、ここのところ入手が難しくなっておりましてな。一月ひとつきほど猶予を見ていただく必要があります」
僕はそう聞いて、少し納得した。
確かアオダモの木がバット材になるには樹齢八十年が必要で、地球でも植樹して増やす活動をしていたはずだ。
もしここでもそうなのだとしたら、色々と有効活用されていて品薄となっていても不思議ではないけど、それでもまだ一月ひとつき。残りの五ヶ月は何処に消えるんだろう。
まあ、解らないことは聞けばいいや。
「そっか~、じゃあ仕方無いね。でも、残りの五ヶ月はどうして?」
僕がそう尋ねると、理由は単純明快。
要は素材の自然乾燥に四か月かかるという話だ。この作業を怠ると、木はすぐに腐ってしまい、長持ちしないとか。それに水分を含んでいるから重いらしい。
納得の理由だったので、僕はすぐに了承。だったら、今のうちにライン用の石灰やベースの加工なんかもお願いしておこう。
そうすれば、一通り全て揃うからね。
僕は期待を胸に、部屋へと戻った。
翌日、昨日何も言っていなかったヒューイが、悲壮な覚悟を決めて中隊を率い出て行ったと僕が知るのは、彼が戻ってきたあとでのことだった。
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