第9話 お手玉
翌日、ヒューイが騎士団を率いて素材を集めに行った。
昨日の言葉通り、本当に中隊を率いていたことには驚いたが、あの父上ならありうる。なんせ、僕には異常に甘いからね。
でも、行ってしまった以上は『みんな無事に帰ってきて』と、願うばかりである。
「殿下、いかがなさいましたかな」
「ごめんなさい。王国の歴史が難しくて」
「そうでございましたか。ですが、歴史というものは歴代の王族による清廉なる統治の賜物で――――――」
あちゃ~、また始まっちゃった。こうなると長いんだよなぁ。
いや、わかるよ。わかるけど、僕はまだ五歳だからね。もっとこう興味を引くこととかあるでしょう。例えば身近な……街の様子だとか、どんなことが流行っているだとか。
そりゃあ大事なことはわかるけどさ。
僕の王子教育を担当するのは、執事のトマスだ。父上が子供の頃から執事をしていたらしく、筆頭執事を経て、今は僕の教育係に納まっている。
そのため、何かにつけて父上と比べられ、やりにくいったらありゃしない。
でも、僕を大切に思ってくれていることは伝わってくるから、あまり迷惑はかけないようにしなきゃね。
「――――――であります。ですので、殿下もご先祖様の名に恥じぬよう、心がけていただきたいものですな」
「は~い」
「殿下、『は~い』ではなくて、『はい』でございます」
ありゃ、元気よく返事したら、失敗しちゃった。うん、使い分けって難しいよね。
「では、今日はここまでと致しましょう」
はあ……、やっと終わった。長い、長いよ。人は集中できる時間が決まっているんだから、せめて四十分くらいにしてよ。でないと、ダラダラしているだけで、何にも身につきゃしない。
でも、ここからは自由時間だ。今日は何しようかな。
「マルクス様、昨日のボールですけど、投げて遊ぶものですよね」
トマスの講義も終わり、部屋の隅に控えていたメアリーが手に何かを持って、そう尋ねて来た。
「あっ! それって、もしかして」
「はい、お手玉でございます」
おおっ、お手玉はあったのか。まあ、布地に小豆を入れて包むだけだから、あっても不思議じゃないけど、流石に食料は貴重だよね。
だとすると、中身は何だろう。
「ねえ、布の中には何が入っているの?」
「中身ですか。確か、草の実だったと思います」
……草の実? なんだろう、たぶん何かの種ってことだよね。
でも、よく考えてみたら、この世界で小豆が食料になっているのだろうか?
もしかしたら、ただの草ってこともありえるよね。
調べてみたいけど、今はまだいいや。僕は外に出られないし、もっと大きくなってから考えよう。
けど、盲点だったな。道具にこだわり過ぎてた。別に投げられたら何でもいいし、打つだけなら木の棒でもよかったよ。
うん、もっと自由な発想で行こう。せっかく幼児に戻ったんだから、もっと柔軟にいかなきゃね。
僕は少しばかり反省して、意識をお手玉に移す。
たぶん、あの大きさなら十分キャッチボールになるだろう。
「ねぇ、メアリー。それ、僕に投げてくれる」
「あ、はい。では、行きますね。エイッ」
おお、まさかのオーバースローだ。てっきり下から放り投げるかと思っていたのに。
……って、そんな悠長なこと言ってる場合じゃない。僕に取れるのか?
でも、後ろに逸らしたら大変なことになりそうだし。主に花瓶とか絵画とか……。
『ポシュ』
よし! セーフ。
良かったぁ。どうやら感は鈍っていなさそうだ。まだ身体の動きはぎこちないけど、これなら大丈夫そう。
でも、メアリーにはちょっと注意が必要かな。
「ねえ、メアリー。部屋の中だから、こうやって下からトスするくらいじゃないと、飾ってあるものが壊れちゃうよ」
「あ、すみません。でも、トス? ですか」
僕はメアリーがトスの意味をよくわかっていないみたいなので、手本を見せるために下から軽く放る。それを無事キャッチした彼女が、戸惑いながらも同じようにトスを返してきた。
「いいね、そんな感じ」
「うふふ、マルクス様。楽しいですね」
うん、キャッチボールの楽しさを理解してくれたようで嬉しい。何度もお手玉の交換をしているうちに、夢中になってきたみたいだ。
こんな簡単に楽しめるんだから、やっぱり野球って凄いよね。
僕は手ごたえを感じ、期待に胸を膨らませるのだった。
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