第26話 トムさん視点――マルクス殿下――
儂わしはトム・ローガン。
バトラウス王国の王城で宮廷庭師筆頭を任されておる。
まあ筆頭といっても儂は元伯爵だから、管理職のようなもんじゃ。
昔から趣味で土いじりはしておったのだが、長年携わってきた者には勝てん。
ただ元伯爵ってだけで、筆頭を名乗っておるだけじゃ。
腐れ縁の元国王シルベスタから頼まれたってのも、あるがのう。
そんな儂のもとに、ある日、シルベスタの孫で第五殿下のマルクス坊ちゃんが訪ねて来おった。
護衛の騎士にヒューイ殿を連れているくらいだから、何事か面倒な相談であろうと思っておったが、まあ当たりといって良いじゃろう。
ゴムのボールが欲しいという坊ちゃんに、儂は聞いたことがないので『何処でそれを』と尋ねてみると、それがまさかの答えじゃ。
「あ~、うん、夢で見たの。素材はゴムの木の樹脂と、アロン樹の根の粉末。それとネンチャクカマキリの体液だったかな。もう、すっごく楽しくて、また遊びたいの」
ふんっ、まだお子様だからこれでバレないと思っておるのじゃろうが、そんな夢があるものか。
そのボールとやらで遊んだ話であればわかるが、どこに素材まで教えてくれる夢がある。
儂はもう少し様子を見るため、少し意地悪をしてみた。
「ほう、夢でございますか。それにしても素材までとは豪勢な夢でございますな」
そう言ってみたところ、やはり困った様子。
儂はこっそりほくそ笑み、こう続けてみた。
「……ですが、確か自身の知らないことを夢で見るようなことはないはずでして、もしそれがあったとしたら、予知夢か、神からの御神託でござりましょうな」
ふふふ、やはり困っておる。
さて、ここからどう誤魔化してくれるのかのう。
そんなことを考えておったのじゃが、まさかそう来るか。
「そうなの? じゃあ僕、予知夢だったら嬉しいな。だって、夢の中の僕、すっごく楽しそうに遊んでたんだもん」
ほう、見事な返しじゃて。
諦めて真実を話すかと思ったんじゃが、どうやら坊ちゃんは相当切れるらしい。
まあ、どこか抜けたところは愛嬌としても、到底ただの五歳児とは思えん。
これは間違いなく何か隠し事があるんじゃろうが、それはどうでもいいことじゃ。
坊ちゃんの話に乗ってみても、面白いかもしれん。
どのみち長くもない人生じゃ。面白おかしく生きようぞ。
「ま、まあ、予知夢であろうと、御神託であろうと、幼い坊ちゃんには理解できますまい」
儂がこう折れたことで、坊ちゃんは気を抜いた様子。だが、ここからが本題じゃ。
坊ちゃんの欲しがる素材は全て、魔物じゃからのう。
そう簡単には手に入らんし、現実を教えねばならん。
そう思い、儂は少し大げさに言ったのじゃが……まさかヒューイ殿までとはのう。
「それでは、私が中隊を率いて採って参りましょう。十日ほどもあれば集められると思いますので、まず陛下から許可をいただきましょうか」
もうすっかり心酔しておる。
なら、儂も倣うとするか。
まさかこの年になって、こんな楽しみに出会えるとは。
わからぬものじゃな。
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