第33話 ついにこの時が

 僕の大切な仲間たちの協力で、欲しかった野球道具一式がようやく完成した。


 軟式のボールにグローブ、バット、ベース類、キャッチャー用のプロテクター、審判用のプロテクター、ライン引き用の石灰にグランド整備用のトンボやローラーまでも作り上げ、残すは野球場を造るのみだ。


 でも、それはまだまだ先のこと。今は野球を広めていくことが優先である。


 騎士団の訓練場に集められたのは、素材採集に協力してくれた中隊の皆さんと、兄上二人。もちろん協力者であるヒューイたちも揃っているが、流石に忙しい父上を呼び出すことは難しかったため、兄上たちに参加して貰ったのだ。


 学園にも普及させたいと思っているので、ぜひ堪能してもらいたいと思う。




 僕はヒューイに促され、演説をするため壇上へあがる。

 ここには背の低い僕のために高めの演説台が用意されていたが、一人では危ないというので、メアリーも一緒だ。


 彼女と手を繋ぎ階段を上ると、百名ほどの騎士の皆さんが並んでいるのが見えた。

 学生時代の壮行会を思い出すが、どちらかというと校長の長話を聞かされる学生といったところか。今は僕が校長側だけど……。


 どこか緊張した面持ちの騎士たちをいつまでも待たせるの失礼なので、僕は話を始める。


「今日は集まってくれてありがとう。ここまでこれたのも、みなさんのおかげです。思えば、僕のわがままに振り回され、苦労したことでしょう。でも、みなさんの協力があって、ついにこの日を迎えることができました。僕はみなさんに感謝するとともに、その厚意に報いたいと思います。これから紹介する野球という競技を、ぜひご堪能ください」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ。


 おお、拍手だ。


「ありがとう」


 僕は一言お礼を言って、壇上から降りる。


 すると、今度は入れ替わりにヒューイが壇上に上がり、皆に声を掛けた。


「これから皆に渡すものは、グローブというものだ。利き手とは反対の手で扱うため、申告するように」


 彼の言葉に合わせて、控えていたメイドたちが動き始める。

 これからみんなに配られるのはグローブだ。いずれは守備ごとに変えてもらう予定だが、練習となる今回はみな同じ形である。


「よし、行き渡ったな。それでは二人一組となって二十メートルほど距離をとれ。手前側にいる者にボールを渡すから、まずは互いにそれを投げ合い、グローブで捕る練習だ」


 ヒューイの指示に従い二人組となった騎士たちは、それぞれ受け取ったボールを投げ合い、練習を始めた。

 流石、日頃鍛えている騎士だけあって、その動きは軽快だ。グローブも先に型作りを行っておいたので、弾くことなく捕れている。


 そうしてキャッチボールを続けること三十分。

 グローブ捌きが上手くなったところで終了だ。


「いいか、これをキャッチボールという。覚えたか!」


「「「「「「「「「「 はい! 」」」」」」」」」」


 こうしてキャッチボールは終了。次の段階へと移る。 


「よし、ボールは返却。グローブは各自で保管するように」


「「「「「「「「「「 はい! 」」」」」」」」」」


「では次にバットだ。振り方は殿下に見本を見せていただこう。マルクス様、こちらへ」


 おお、緊張する。

 でも、ここが唯一の見せ場だからね。

 バットも僕用に小さくて軽めの物を用意して貰ったから、問題なく振れる。


 再び壇上へあがった僕は、皆の見ている前で素振りをした。

 この日のために練習もしてきたから、フォームも昔とあまり変わらないはずだ。

 ブンなんて音は出なかったけど、上出来だと思う。


「では、皆バットを受け取り、素振りを開始だ。目標は百回。始め!」


 ヒューイの合図とともに、そこかしこでブンという強い音が聞こえだしてきた。

 百回程度ではすぐに終わってしまうため、いい音を出せない者もいたが、今日のところはここまで。


 本来なら基礎をみっちりやりたいところだが、まずは興味を持ってもらわなければ意味がないため、この辺は駆け足で通過し、次はゲームだ。


 すでに選抜した十八名には猛特訓を施してあるため、問題は無い。

 これを見て、皆がやりたいと手を挙げてくれれば、今日のところは成功なのだ。


 ヒューイとゲイルを監督兼選手としてチームを引っ張って貰い、試合が始まった。

 僕はメアリーとリティスに挟まれながら、解説に専念する。


 ちなみに審判はトムさんだったりするが、プロテクターの性能を確かめたいってことで立候補したのだから、万が一何かあっても自己責任だ。


 でも、ストライクやアウトの判定では大げさなジェスチャーをしているから、ノリノリなんだろう。

 酒を飲んでいないことを祈るのみだ。


 こうして始まった試合だが、実は散々だった。


 まあ、結果から先に行ってしまえば八対七でヒューイチームの勝ちであったが、なんで接戦となったのか理解できない。


 まずはピッチャーの制球難に加え、バッターは全く打てないのだ。かと思えば、たまに当たったボールを捕ることが難しく、守備はざる。


 うっかり外野まで飛ばそうものならランニングホームランと、得点の大半がそれだった。


 けど、おかげで僕は十分に説明ができた。


 試合形式でルールを説明した方が理解も早く、皆早く試合がしたいと口々に言っていたほどだ。


 兄上たちも深く興味を持ったらしく、父上に進言して学園で行えるようにすると張り切っていた。

 これも僕の目論見通りなので、大満足である。

 学園に通うことになる五年後が、今から楽しみだ。


 いずれはプロリーグの発足なども目指しているが、まずは第一歩。


 また野球に打ち込めるのだ。こんなに嬉しいことはない。

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