第13話 ヒューイの視点②――アロン樹――

 私は殿下の望みを叶えるため、中隊を率いて狩りに出た。


 ターゲットとなるのはゴムの木とアロン樹、それにネンチャクカマキリの三体。

 ゴムの木は小型の魔木で移動もないため、見つけさえすれば倒すのは簡単だ。居場所も特定できているので問題はない。


 けれど、アロン樹は非常に厄介な相手だ。


 大型の魔木であるため一撃が重く、振り回される枝も広範囲とあって大きな被害が予想される。

 殿下からは一人の犠牲者も出さないようにと念を押されているが、本音を言えば確証は出来ない。


 それでも、あの御方を悲しませるようなことは絶対にすべきではないと、私の本能が告げていた。


「どうしたらいいんだ?」


 火矢を打ち込んで燃やしてしまえば手っ取り早いが、それだと根まで燃えてしまうだろう。となれば定石どおり切り倒すしかないが、そう簡単ではない。


 う~ん、悩ましい。


 いっそ、燃やしてしまって根が残るまで狩り続けるか。それなら被害も少なくて済む。


 私は難題であるためか、良い考えが思い浮かばずにいた。


 そこへ女性騎士であり、小隊長の一人リティスが手を挙げる。


「副団長殿、私の案を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わぬ。気が付いたことがあったら言ってくれ」


 彼女は五人の小隊長の内、唯一の女性隊長で、私の側近とも呼べる人物だ。

 物怖ものおおじもなくハッキリとものを言うので、信頼を置いている。


「はっ、ありがとうございます。私は根を燃やさないためにも、水をかけてしまえばよいと考えます。まず火矢で射掛け、頃合いを見て根に水をかける。これで根は残ると思われます。水は青・い・魔・石・で補給できますし、あらかじめ桶に汲んでおけば後れを取ることもありません」


 私はその的確なアドバイスに感心した。当然水をかければ根が残るなどわかり切ったことだったが、魔石から出る水を溜めておく発想は無かった。


 魔石から出る水の量などたかがしれているし、近くに小川があるなら話は別だ。けれど、生憎あいにくここは山の中だ。巨体のアロン樹の根を水浸しにするほどの水量を確保するなど、無理だと考えていた。


 なら、魔石の量を多くすればいい。


 と、考える者もいるかもしれないが、魔石とはこの国にとっても貴重な資源であり、そう簡単に手に入るものではないのである。


「魔石か……」


「はい、私たちは輸送を任されておりますので、至急王都へ使者を送り、桶を大量に運ばせましょう。それを待って戦いに赴けば、必勝は確実かと」


「よし、その案で行こう。水の準備はそなたに任せる。我々はまずゴムの木の討伐だ」


「「「「「 ハッ! 」」」」」


 こうして私は戦いに出た。



 ☆ ☆ ☆ ☆



 ここはバルベラの森と呼ばれる場所で、多くの魔物が生息する危険地帯である。けれど、ゴムの木は比較的近場に生息するため問題はない。予想通りすぐに見つかり、わけなく倒した。


 その後は回収班にゴムの木の樹脂を任せ、残った三小隊で更に奥へ進んで行く。


 時折襲い来る小型の魔物を倒し、アロン樹の潜む領域へと近づいた。

 魔木は生息域を住み分けしており、この辺りがアロン樹の住処であるのだ。


 私たちは桶を運んだ輸送部隊が追い付くのを待って、行動を開始する。

 ここまでくればいつ遭遇してもおかしくないため、火矢部隊、そして水部隊とどちらも準備万端だ。


 輸送部隊を待っている間に迎え撃つ広場も確保し、あとは先行している私が敵を見つけるだけなのだが、どうにもあの先が怪しい。獲物の気配がヒシヒシと伝わってくる。


 バルベラの森は木々も高く薄暗いため見通しも悪いが、そこは更に暗く靄の掛かったようにも見えた。


「いた!」


 伝令のため後についてきた騎士の一人に合図を送ると、彼はそのまま踵を返し、仲間たちのもとへ駆けて行く。


 残った私がこれから行う役目は火矢で森に被害を出さないため、準備した広場までアロン樹を誘導することだ。


 距離にしておよそ三百メートルほどだが、確実に逃げ切れる保証もない。

 今はまだこちらに気づいていないように見えなくもないが、果たして……。


 だが、残念ながらアロン樹の目が開く。


 一メートルはありそうな太い幹に浮かび上がる、巨大な目、鼻、口。

 根が足の代わりであるようで、地面に埋まる根をドゴッと抜き出し立ち上がった。


「十二メートルくらいか。まだいい方だな」


 その大きさを見れば恐怖心が湧く。

 私の六倍もの巨体なのだから、ある意味仕方のないことではあるが……。


「ふう」


 私は剣を抜き、構えた。

 まずは誘導するためにも、一撃を入れなければならない。


 動きを止めてはダメだと自身に言い聞かせ、私は剣を振るう。


 ガキッ


 近づいての幹への一撃。十分に力を込めたはずだが、硬くて跳ね返された。

 その瞬間、振り払われた巨大な木の枝。


 と、同時に反射で私の身体は地面を転がっていた。


 速い……。


 咄嗟に避けたものの、紙一重だ。


 とはいえ、目論見通りアロン樹は動き始め、私を標的と定めたらしい。

 あとはこのまま誘導するだけなのだが、出来るのか。


 私は踵を返し、走り出す。直線的な動きでは的を絞られてしまうため、木々の間を抜け、なるべく複雑に。

 

 けれど、そんな私をあざ笑うかのように、アロン樹はものともせず追いついてくる。邪魔な木々は枝の一振りで薙ぎ倒され、巨体もあってか動きは遅そうに見えるが、進みも速い。


 遠い。


 仲間たちのもとまでが、遠すぎる。

 たったの三百メートル、走れば一分もかからない距離なのに遠かった。


 迎え撃つ? ダメだ、剣は通らない。

 じゃあ、どうするんだ。


 そんな時だ。前方から数本の矢が放たれた。


 見れば、仲間たちが五十メートルほど先から援護の射撃をしていた。

 アロン樹には全く効いていないが、意識を逸らすことには成功したらしい。


「副団長、急いでください!」


「もう少しです!」


「バカ者が……」


 これは帰ったら厳罰ものだな。

 そう思う私もいるが、本音は嬉しかった。


 軍というものはこうあるべきではないが、自身の判断で動くことができてこそ、生存率も上がるというものだ。


「みな、急いで引け!」


「「「「「はい!」」」」」


 そう言って、急いで駆け出す仲間たち。

 これなら間に合う。


 広場まで辿り着ければ、火矢部隊が矢をつがえる者と、赤い魔石で火をつける者に分かれて待っているはずだ。


 けれど、背後では『ザザザ、ザザザ』と根を引きずる音が大きくなり、それと同時に鞭のようにしなった枝が振るわれ、『バチーーン』という大きな音が響き渡る。


 あんなもん喰らえば、一撃で死ぬだろう。それぞれが的を絞らせないように動くことで、どうにか逃れているが、掴まるのは時間の問題だ。


 距離にして数十メートル。それがどんなに長いことか。


 だが……、我々は辿り着いた。


 火矢の射程に入り、次々と矢が放たれる。

 それは的確に命中し、上の方の細い葉から燃え出した。


「よし!」


 あとはまだまだ火矢を射掛け、ヤツの動きが弱くなったら根に水をぶっかけるだけだ。


「火矢をどんどん射掛けろ!」


「「「「「「「「「「 おおっ! 」」」」」」」」」」


 私の声に合わせ、火矢の数も増える。

 すべてがアロン樹に燃え移るわけではないが、順調だ。


 けれど、最後の力を振り絞り、必死で火の点いた枝を振り回すアロン樹は非常に厄介だ。

 ある意味、こちらの被害を増大させる攻撃でもある。


 それを皆で必死に避け、弱ってきたあたりでリティスに指示を出す。


「水部隊、前へ」


「「「「「「「「「「 ハッ! 」」」」」」」」」」


 女性の騎士が小隊長を務めるだけあって統率のとれた返事をし、一斉に前に進む騎士たち。それぞれの手には水一杯の桶を持ち、根に向かってかけたら素早く戻るの繰り返しだ。


 水は準備されているので問題ない。

 時折飛んでくる火の点いた枝を掻い潜り、じゃぶじゃぶと水を掛けていく。


 そうこうしているうちにアロン樹は炭となり、水にぬれた根だけがキレイに残った。


「よし、根を切り離せ」


 私の指示で回収班が根を切り離す。そして運んできた大型の荷馬車に積み込み、城へと戻る。


 残った我々はネンチャクカマキリの捜索へ向かうが、結局見つけられず、捜索部隊を残し帰宅の途に就いた。


 これ以上無駄な兵糧を使わないため、そして疲れの残った状態で戦うことを避けるための、懸命な判断であったのだ。




 そして私は、アロン樹の燃えたカスから一粒の魔石を拾っていた。

 小石ほどのサイズで、土色の魔石。 


 そう、魔石は魔物の体内で生成され、倒すと手に入ることもある貴重な石なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る