第12話 視察終了、そして

 訓練場の視察もいよいよ大詰め。

 僕たちが一通り訓練の様子を眺めたところで、再び今日参加している全員が整列した。


「陛下、明日よりこの者たちを連れ、素材の採集へ向かいます」


「うむ、期待しておるぞ。皆も我が息子マルクスのため、よろしく頼む」


「「「「「「「「「「「「 はいっ!! 」」」」」」」」」」」」


 国王陛下ちちうえからの激励に、皆が声を揃える。

 僕のためってのが気になるけど、騎士の皆さんも気合十分な様子なんだよね。

 ここはひとつ、僕からも声を掛けておこう。


「あ、あの~、みなさんよろしくお願いします」


「お任せください殿下」


「ネンチャクカマキリなんかに後れを取る者など、ここにはおりません」


「大船に乗ったつもりで、待っていてください」


 おっと、父上に便乗して僕も皆に声を掛けたら、ずいぶん威勢のいい返事をくれた。

 でも、トムさんが『騎士ではネンチャクカマキリなど狩れん』と言っていたから、少し心配だ。ここは念を押しておくに限る。


「でも、油断は大敵だよ。ぼくはみんなが死んじゃったらイヤだからね」


 そう思って伝えてみたけど、みな真剣な面持ちで聞いてくれた。


「殿下、私がいる限り、部下を簡単には死なせませぬ。必ず無事に連れ帰りますから、ご安心ください」


「うん、ヒューイ。頼んだよ」


 ヒューイらしいといえばそれまでだが、僕の不安な気持ちを察し、力強い言葉で払拭してくれる。


 とはいえ、それを鵜吞みにするほど愚かではないつもりだ。

 戦いに犠牲は付き物。相手がそれなりの魔物である以上、絶対はない。その覚悟を僕も持たなければいけないのだ。


 なんて思っていたけど、やっぱりヒューイ。それなりに準備はしてくれていた。


「では、昨日お約束した通り、私の部下を一人紹介いたしましょう。ライアン、こちらへ参れ」


「ハッ」


 それはヒューイの背後に控えていた人物。短く刈り上げた金色の髪と、青く透き通るような瞳。背もヒューイと同じくらいで彼よりも膨れ上がった逞しい肉体美の男。


「お初にお目にかかります、マルクス殿下。騎士団で大隊長を務めるライアンと申します。以後、お見知りおきを」


 うん、さっき見た。


「えっと、確か、やり投げをしていた人?」


「おおっ、殿下の目に留まっていたとは、光栄でございます。やはり私自慢の筋肉が目についてしまいましたか。どうです、殿下も私と一緒に鍛えては」


 あ、ヤバイ。この人もなんか変なスイッチがありそうだ。

 騎士団の大隊長ってくらいだから凄い人なんだろうけど、五歳の僕に筋トレって、やっぱり脳筋なんですか。こんなプニプニの腕で筋トレなんてしても意味ないでしょう。 


 とまあ、そんなアホな感想は置いといて、僕は丁寧にお断りを入れる。

 前世で早めに成長が止まったことを考えると、筋トレの開始は急がない方がいいと思う。

 まずは感性から始めて、その後だよね。


「ごめんなさい、遠慮しておきます」


「ハハハ、まだ殿下にはまだ早すぎましたな。その気になりましたら、いつでもお声かけください」


「うん、その時にはね………」


 ヤバイ、とんでもないやつキタ。いや、確かに対応したのは僕だけど、国王陛下ちちうえの御前でもあるんだよ。それであんなことを言うなんて、やっぱ強者つわものだよね。


 僕は脳筋ライアンに身震いしつつも、視察した訓練を思い返してみる


 ネンチャクカマキリは三メートルくらいの大型な魔物で、両腕は鋭い刃。昆虫の中でも王者に分類されるカマキリがベースなだけに接近戦は分が悪く、盾と弓で撹乱しつつ、強力な手投げ槍でダメージを与える作戦で行くつもりのようだ。


 うん、大丈夫そう。持久力も鍛えていたし、破壊力のあるライアンの槍もある。これは期待が持てるんじゃないかな。


「では、殿下。朗報をお待ちください」


「うん、気をつけてね」


 こうして僕は訓練場の視察を終えた。


 まずはネンチャクカマキリ、そして次のターゲットであるタンポポ羊と連戦するようだ。


 あとは、皆の無事を祈るのみである。

 


 ☆ ☆ ☆ ☆



 あれから一週間が過ぎた。


 騎士団はまだ戻ってきていないけど、そろそろ帰ってくるような気がするんだよね。


「コンコン」


 誰か来たみたいだ。もしかしてヒューイかな?


 いつものようにメアリーが入室の許可を出し、僕はドキドキしながらその人物を待つ。


「殿下、一週間ぶりですね。ただいま戻って参りました。必要な素材は全てトムさんに渡してありますので、もう作業に取り掛かっている頃でしょう」


 やはり、というべきか、入ってきたのはヒューイだ。けれど、一人らしい。


「ほんと、ありがとう。ヒューイもおつかれさま。今回はどうだった?」


「はい、殿下の懸念されていたようなことも起こらず、皆無事に戻って参りました。多少の怪我等はございますが、命を落とした者はおりません」


 ああ、よかった。今回もみな無事だったみたいだ。でも、ちょっと気になることが……。


「うん、流石だね。ところで、ライアンは一緒じゃないの?」


 先日の訓練で紹介されたくらいだから、きっと一緒に来るのだろうと思っていたのだけれど、どうやら彼の姿は無いらしい。


「ええ、彼でしたら、今回の功労賞で陛下から呼ばれております。『なんで、オレが』って、戸惑った様子でしたよ」


「へえ~、そんなのあるんだ」


「もちろんです! 今回の遠征には殿下が係わっていますからね。褒章も豪華ですよ」


「えっ?」


 ちょっと、待って。今何か聞こえたよね。僕が係わっているから褒章も豪華? それって、国王陛下ダメパパが原因だよね。

 もう、あの人何してるの。親バカすぎるにもほどがあるでしょう。


 僕の背中にヒンヤリとした汗が流れ落ちる。あれだけ皆の無事を祈ってたのに、まさかの父上が暴走。これでみんなが無理して犠牲者が出たらどうすんだって話。勘弁してくれよ。


 親の心、子知らず。なんてことわざもあるけど、子の心も親は知らないと思う。

 国を守るための騎士が、僕のわがままに付き合って命を落とすなんて、あってはいけないはずなのに。


 けど、今は素直にみんなが無事に帰ってきたことを喜ぼう。


 そして、さっそくトムさんのところへ出かける計画を練るのだった。

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