第1話 目覚め

「――ッ!」


 僕は無意識に痛みの走る頭部へ手を当てる。

 どうやらケガをしているらしく、ズキズキと心臓の鼓動に合わせて痛みが脈打つ。

 けれど、すでに治療は済んでいるらしく、手にはグルグル巻きにされた包帯の感触があった。


「どこだ、ここ……」


 不意に我に返り、ベッドから上体を起こした僕は、辺りを窺った。

 そこは大きな部屋であり、目に留まるのは豪華な調度品の数々。とても一般的な日本人が住む部屋にある品ではなく、ここはどこかの大豪邸なのだろうと感じられた。


 でも、おかしい。僕は学校の階段から転がり落ちて、その後の記憶が定かではない。たぶん救急車で運ばれて、今は病院のベッドで寝ているはずだと思うが、ここは明らかに見知らぬ場所だ。


 そう考えて後、記憶は徐々に蘇ってきた。


「――ッ」


 再び襲う激しい頭の痛み。どうやら記憶を取り戻すたびに痛みが走るようだ。


「そうか、僕は転生したんだな」


 何度か苦しんだのち、ようやく納得のいく答えに辿り着いた。

 

 まるで走馬灯のように蘇った記憶によると、今の僕はマルクス・ルナ・バトラウス。バトラウス王国の第三王子であるらしい。

 二人の兄と二人の姉を持ち、末っ子の僕はまだ五歳。

 王位継承権を剥奪され、自由気ままに生きることのできる立場であった。


「ふう……。ここが異世界ってことは、もう野球は出来ないのか……」


 現実を受け入れた僕の頭を過った言葉が、これだった。

 茫然自失なんてことはないけれど、寂しさは覚える。あれだけ真剣に打ち込んできた野球がもうできないのだ。悔しくも思う。

 たとえプロでないにしても大学野球や社会人野球、それに独立リーグだってあるんだ。

 僕が生きてさえいれば、ずっと続けることもできたのに……。


 ここがどんな世界かわからないけど、地球でないことは確かだろう。

 バトラウス王国なんて聞いたこともないし、幼いながらも周りを見ればわかる。部屋にテレビはないし、電化製品らしき物もない。照明はあるようだけど、蛍光灯とは違う明かりであるようだ。

 僕はまだ王宮から出たことはないけど、外にはたぶん中世ヨーロッパ的な風景が広がっているのだろう。


 そんなことを考えていると、不意にガシャンと不快な音が響く。

 どうやら部屋に誰か入ってきたらしく、僕はそちらに振り向いた。


「マルクスさま~」


「うわっぷ、く、くるしい……」


 ベッドに身体を起こしただけの状態だった僕に、メイド姿の女性が飛びつき、勢い余ってそのまま押し倒され…………。


「マルクスさま、マルクスさま、マルクスさま」


「ギ、ギブ……」


 僕の顔面に押し当てられた柔らかくも凶悪な双丘。正直、まだ五歳の僕には窒息案件である。

 このままでは本気でヤバイため、早く放して欲しい。


 そう思って女性の腕をパンパンと叩くが、タップアウトなどもちろん通じず、更に腕の締まりは強力に……。


(終わった)


 そう思った時だった。


「あらあら、メアリーちゃん。そのままではマルちゃんが死んでしまうわ。そろそろ離してあげましょうか」


「はっ……、ごめんなさい!」


 そんな言葉とともに腕の締まりは緩み、僕は自由の身となった。けど、もう限界……。

 またしても意識を失い、目が覚めたのは一時間後だった。


 

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