第18話 一階の探索

 さてと、探索に戻ろう。


 さきほど僕は警備のために立っている近衛騎士に手を振って先へ進み、目的のものを見つけた。


「階段あった!」


「さすが、マルクスさま。頑張りましたね〜」


「うん、早く行こう」


「はいはい、急いで転ばないように気をつけてくださいね」


 僕は全く変化のないステータスを上げたいと思い、元気よく階段を降りようとしたのだけれど。

 メアリーはそんな僕の手を引いて、転ばないようにと注意してくれたのだ。


 あっぶな。ちょっと焦っていたかも。

 まだ記憶のうえでは一月ひとつきも経っていないのに、自分の死因を忘れてたよ。

 家族を心配させないと誓ったのに、もうこれだ。


 僕は自分の浅慮せんりょにガッカリしつつも、メアリーと手を繋いでゆっくり階段を降りる。 

 そうしてついに一階へとたどり着いた。


「ついたー」


 両手を広げての仁王立ち。


 僕のその姿を微笑ましそうに見つめる、二人の目。

 一応精神年齢は十八歳なんだけど、どうも見た目の姿に引きずられるみたいで、言動が幼くなってしまうんだよね。


 僕は恥ずかしくて顔を覆いチラッと横目で見ると、二人とも更に愛好を崩し、メアリーなんてもう……大変。


 なに、そのウットリした目は。メアリーって、実はショタコンだったの?

 でも、だったら僕もアリってことだよね。

 うん、これでいいのかなぁ……。


 そんな複雑な思いを抱きながらも、僕は探索の再開だ。


「ねえ、この階には何があるの?」


 そう尋ねる僕に、メアリーはこの階の特徴を教えてくれる。

 近くには近衛騎士が二人おり、聞き耳を立てているようにも思えなくはないが……。


「あの先に見えるのが玄関エントランスホールですね。外から来た人は、あそこから中に入ってくるのですよ」


「そうなんだ」


 僕の視線の先に見えるのは、大きな円形状の広場。そこに多くの近衛騎士が常駐し、来場者を監視しているのだそうだ。


 けれど、どうやらあちらへは向かわない様子。


「マルクス様、玄関あちらは危険ですので、こっちに参りましょう」


「う、うん」


 メアリーに手を引かれ、降りて来た階段とは反対方向に歩き始める。

 僕は少しばかり名残惜しそうにそちらを振り返ると、諦めて探索を再開させた。


 まだ見ぬ外の世界への憧れはあるものの、無理を言ってメアリーに迷惑をかけるなど本意ではないのだ。


 そうして暫く歩いていると、奥の方から良い香りが漂ってきた。

 これは間違いなく、アレである。


「いい匂い」


「はい、お腹が空いてしまいますね」


 そう、そこにあったのは厨房。ここで料理が作られ、四階にある食事室まで運ばれるのだ。


 僕がとんでもなく大変な作業だなと思っていると、ここには直通の階段があるとメアリーが教えてくれた。

 知っているのは極一部の者に限られていて、安全面には配慮されているそうだ。


 そんな厨房を通り過ぎ、見つけたのは下へ降りる階段。

 こんなところにも近衛騎士が立っていたから、お腹が空いてしまわないのだろうかと心配になる。


 でも、これでついに念願だった地下へ降りることができるのだ。


「あったー」


「すみません、マルクス様。そこは貯蔵庫へ繋がっているだけですので」


 僕の喜び虚しく告げられたのは、貯蔵庫という言葉。

 厨房があるのだから当たり前だけど、残念だと言いたい。


「ガーン」


「マルクス様?」


「ううん、何でもない。先にいこう」


「はい」


 流石に冷蔵完備の貯蔵庫に足を踏み入れるわけにもいかず、僕は階段を通り越して先へ進む。

 もう察しのいい方ならわかると思うが、階段は一つだけではないのだ。

 広い王宮内で、階段が一つしかないとなれば、困ってしまうであろうことは容易に想像できる。

 そして必ずと言っていいほど、その近くには近衛騎士が立っていた。


 要するに、近衛騎士を見つければ、その近くに階段があるわけだ。


 ということで、探すのは近衛騎士の方たち。僕の小さな身体では廊下の先にある階段を見つけるより、立っている人を見つける方が早いのである。


「いた! 近衛騎士の人」


 先程の階段から暫く歩くと、また近衛騎士の方たちが見えてきた。今度の人たちは女性であるらしく、僕が手を振ると、同じように手を振り返してくれた。


「マルクス様、よかったですね」


「うん!」


 そう、せっかく僕が手を振っているのに、今までの人たちは恐れ多いのか、全く反応が無かったのだ。

 でも、それでは寂しいというもの。相手が兄上たちのように大きければ難しいかもしれないが、僕のような子供は、手を振り返してくれた方が嬉しいもの。 


 まあ、僕の目的はその先にある階段だけど……。


 そしてもちろん、階段はあった。


「やったー」


「はい、マルクス様。ここを降りましょうか」


「うん!」


 そんな僕の姿を、ずっと微笑ましそうに眺めているライアン改めゲイル。

 彼の本名がゲイル・ライアンと知ってしまったので、これから脳内ではゲイルと呼ぶことにしたのだ。


 でも、ゲイルって、僕を見る目がとっても優しいんだよね。となると、たぶんアレだなと予想できるわけで、思い切って彼に尋ねてみた。


「ねえ、ライアン。もしかしてだけど、僕と同じくらいの子がいるの?」


「ハハハ、殿下には敵いませんな。おっしゃる通り、私には七歳になる娘がおります。ですが、残念ながら妻に似て大人びた子でしてな。このように探索などを一緒にしてはくれないのですよ」 


 そう寂しそうに話すライアン。やはり彼には僕と年の近い子供がいたようだ。

 女の子であるためか筋トレなどはしてくれず、むしろお淑やかな少女だとか。


 でもだからって僕に筋トレを進めるのは、やめてくれる。

 今世の僕はムキムキマッチョになんてなるつもりは無いからね。

 まずは感性を大事にして、必要なところへ必要なだけの筋肉を。

 それが僕の目標なんだから。


 まあでも、彼の気持ちもわからなくもない。一緒に遊んであげるくらいは平気だから、たまにはね。

 けど、娘に会わせようとはしないでね。下手すると婚約者に内定してしまいそうだし、僕にはメアリーがいるから絶対に無理。


 そんな妄想がはかどっていたけど、ついにこの時が来た。

 これから僕は、念願だった地下へ降りるんだ。

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