第20話 魔石について
翌日、僕は王子教育が始まるのを楽しみに待っていた。
その目的はもちろん昨日のアレである。
「おはようございます、殿下。今日はずいぶん張り切っているご様子ですが、如何されましたかな?」
朝の挨拶も早々、そう問いかけてきたのは専属講師を務める執事トマスだ。
僕の意気込みは思いっきり顔に出ているので、バレバレである。
「あのね、トマスに教えて欲しいことがあって」
「ほう、わたくしにですか。何でございましょう」
「僕、お部屋の明かりが気になってメアリーに聞いたら、魔石を使っているって教えてくれたの。それで、魔石についてもっと知りたいと思ったんだ」
昨日の地下へ行ったことは伏せ、僕は部屋の照明となっている魔石について聞いてみた。
これまで彼の授業で、魔石が出てきたことはないのでどうかと思ったが、問題なく教えてくれるらしい。
「魔石でございますか、そうですな……。まだ殿下が魔石を触ることは認められませんが、お教えいたしても良い頃でしょう」
「ほんと?」
「はい、知識を得るのであれば興味のある今が一番でしょうし、わたくしと致しましても、今のうちに魔石の危険性を知る良い機会だと考えまする」
そう快く返事をしてくれたトマス。
僕はもう少し頭の固い人物かと思っていたけど、そうではないみたいだ。
柔軟な対応をしてくれて、有りがたい。
「お願いします」
「はい、それではまず魔石についてですが、部屋を明るくしてくれている魔石は、光属性だと覚えてください」
「えっと、ひかりぞくせいっと」
「よろしい。では、他の属性についても学んでみましょう。たとえば、赤い魔石があったとして、殿下はどのような効果があると思われますか?」
「う〜ん、なんか暖かい感じがします」
「そうですね。赤い魔石は熱をもちまして、中には火を放つ物もあり非常に危険ですのでお気をつけください」
「はい!」
トマス先生の説明を聞き、僕は元気良く返事をする。
知りたいと思っていた魔石の話だけに、とても楽しい。
「よろしい。では、殿下。青い魔石についてはどうでしょう?」
「えっと、青ってくらいだから、ひんやりしていると思います」
「はい、そうですね。青い魔石は水が出るものと、冷たくなるものがあります。こちらは主に生活用の水としても使われていますので、殿下も御覧になったことがあるでしょう」
僕はその説明でピンときた。
よく洗面所で顔を洗うときに使う蛇口から出る水、アレがそうなのだろう。いつもメアリーが水を出してくれるので気にも留めなかったが、あれは水道ではなくて魔石だったに違いない。
「はい! 朝に手や顔を洗うときに使う水がそうですか?」
「正解。他にも赤い熱の魔石に、青い水の魔石を合わせることでお湯が出ます。これを利用してできる物が、殿下の毎日入るお風呂でございますね。こうして二つの魔石を合わせることで、また違った効果を発揮する。それが面白いところでもあり、難しいところでもあります」
そう話してくれるトマスだったが、気になるワードがあった。
魔石の利用が面白いってのはわかるけど、難しいところとは何なんだろう。
「はい! 先生、難しいところって、何ですか?」
「ハハハ、いい質問ですね。やはり殿下は聡い」
ん、なんか聞いたことあるフレーズだけど、まあいいか。
「では、説明いたしましょう。まず魔石についてですが、いまだ全容は解明されておりませぬ。たとえば、赤い魔石には火が出るものと熱を持つものに分かれますが、白赤混合色の魔石はどうでしょう。結論から先に言いますと、こちらは実験と同時に建物が吹き飛びました」
……え、ほんとに?
でも、それってたぶん、怪我人どころじゃなかったよね。
「また、青い魔石は水の出るものと冷えるものに分かれますが、白青混合色の魔石からは氷が出るものと、辺りを凍り付かすほどの温度まで冷える物がありました」
おおっ、氷室だね。冷蔵、冷凍にもできそうだけど。
うん? あれもしかして、白赤混合色の魔石はオーブントースターみたいなものかもしれない。
勢いよく温めすぎて、爆発したみたいな。
そんな知識のない人たちからしたら、とんでもない代物だっただろうしね。
「このように、魔石の種類はまだまだ不明で、実験さえも出来ない魔石もあって危険なのでございます。おわかりいただけましたかな」
「はい!」
僕はここまでの説明で大方理解した。魔石の種類は豊富で様々な効果があるけど、その内容は異世界物で定番の、生活魔法と呼ばれるものに近いんじゃないかと思う。
白赤混合色の魔石はわからないけど、白青混合色の魔石は氷を出すことができるなら冷凍庫として使われているかもしれないし、熱を持つ魔石は火力にもよるけど、魔導コンロなんて使われ方をしていそう。
僕には鑑定の能力もあるし、調べてみたら面白いかもしれない。
そんなことを考えていると、続きが始まった。
「さて、ここまで光と赤、青の魔石を説明したわけですが、主だった魔石のうち残りは土色魔石と白魔石、それと緑魔石があります」
そう聞いて僕が思い浮かべるのは、基本属性と呼ばれる火、水、土、光、風の五属性だ。
異世界物では定番だったし、闇属性を入れて六属性って時もあるけど、だいたい同じだったと思う。
「では、まずは土色魔石からですが、こちらは土を出すものと砥石のように硬い素材となるものがございます。それから白色魔石は風を起こしたり、枝などを切ったりもできますね。そして残る緑魔石が最も重要で、全ての魔石を起動させる要の魔石となります」
そう聞かされて、僕は確信する。
昨日思った通り、緑の魔石は電池の代わりをしているんだ。
「どの色の魔石を利用するにも緑の魔石は必要で、無ければ何も起こりませぬ。そして、全ての魔石に共通するのですが、その魔石の色を無くした時、役目を終えるのでございます」
「そうなんだ……」
まあ、これは大方予想通り。魔石の使用には回数制限があって、それを過ぎると石に戻る。
となれば、大きい魔石の方が効果も大きく、使用回数も増えるのではないかと予想できるが、どうだろう。もともと回数も決まっていて、効果だけがアップする可能性もありそうだ。
早く調べてみたい。
「トマス先生! 僕、本物の魔石を見てみたいです」
「そうですな。では、殿下の気になったという光の魔石を見てみましょう。あちらのシャンデリアの中にはいくつもの光魔石が埋め込まれております。それをこちらのスイッチと呼ばれるものを押し繋げると、ほら、光った」
うん、前世で見たスイッチを押して、部屋の明かりを点ける光景そのままだね。なんだか懐かしく感じる。
けど、あれ、僕どうしちゃったんだろう……。
「おや、殿下? 涙を流されておりますが、如何されました?」
「あ、うん。ちょっと感動して涙が出ちゃったみたい。へへへ、おかしいね」
「大変です、マルクス様。すぐにハンカチを用意いたしますね」
授業中、少し離れた場所に控えていたメアリーが、僕にハンカチを差し出してくれた。
理由はわかっていないと思うけど、その優しさが嬉しい。
「ありがとう」
「いえ、そんなマルクス様も素晴らしいと思いますよ」
こうして魔石の授業は終えた。
けれど、まだまだ魔石については学ばなければならないことがあるそうで、今後も授業は続けるようだ。
僕はそれを楽しみにしつつ、自分でも調べてみようと決めたのだった。
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