第29話 一体どちらが誘惑しているのか……

 再び夜が来て、舞は斑鳩豪の部屋へ行った。


 時刻は八時。まだまだ宵の口、眠るにはかなりの時間がある。


「さあて、今日もじゃんじゃん折りましょう」

「張り切ってるじゃないか。やる気が出てきたようだな。良いことだ」

「どうせやるんですから、早く終わらせた方がいいですからねっ」

「おい、おい、慌てると雑になるぞ」

「そんなことありません」


 舞は、手を動かし始めた。ソファに斑鳩豪真が座り、正面に舞がいる。顔を上げると、目があったりする。斑鳩は、口元を引き締め何を考えているのか感情が読み取れない。気持ちを探ってみようと舞の方が声をかける。


「上手ですよ、結構」

「だろ」

「なかなか、美しい」

「まあな」

 と短い答え。 


 指が長いから、はたで見ていると様になる。しかもまつげが長くて、すっと細い顎の線が綺麗だ。黙っているとこんなに魅力的なのに、今までが残念だった。しゃべりだすとそのギャップが大きすぎる。


 そうだ、誘惑するなら今だわ。

 

「指もきれいね……」

「当たり前だ」

「顔と同じくらい、素敵」

「俺は結構いけてるんだ」


 これなら簡単に落とせそう。


「哀愁を帯びた口元がキュート」

「ちょっと、静かにしろよ! 手を動かせ」

「だって、あんまり斑鳩さんが、素敵なんだもの、見とれてました……ふう」

「やっぱりそうだろ」


 そこで、しばしの沈黙。


「ちょっと君、コーヒーを淹れて」

「ああ……わかりました。やっぱり鶴を折るにはコーヒーはなくてはなりませんね」

「そうだ、その通り!」


 舞は、電気ポットに水を入れコーヒーのドリップパックをセットする。そのまま、ちょっと立ったままお湯が沸くのを待つことにした。電気ポットって、すぐにお湯が沸くのだ。


 すると、後ろに人の気配がした。ああ、せっかちだから早くコーヒーが飲みたいのね。とそのまま立っていたら……。


「君の願いをかなえてあげよう」

「えっ」


 次の瞬間、後ろから斑鳩豪の両腕が舞の目の前にあった。その腕はガシッと彼女の体を固定した。これは何、羽交い絞めにされる覚えはないのに。


 その両腕は舞の体に回り、すっぽりと彼の体の中に包み込まれた。


 うっ、と舞は声を出した。


「素敵な僕と二人きりだ。遠慮はいらないよ」

「……」


 この感覚は何? 


 自分の体が、斑鳩豪のたくましい胸と、力のこもった両腕にサンドイッチされている。自分はまるでサンドイッチの具のようだ。サンドイッチの具ってこんな気分……。とのんきなことを考えていた。


 ああ、だけど体の力が抜けていくのはなぜ、どういうわけだ!


 おお、これは、これは……。


 風呂上がりだからなのか豪の体温が高すぎるためか熱い、いや厚いサンドイッチの具になっているせいで、体の芯が熱い。


 このままでは沸騰する、ってそんなバカなことがあるわけがない……。


 誘惑するってこういうこと。私にとってはあまりに高度だった。


「本当に素敵、斑鳩さんて」

「そうだろ」


 すると両腕は胸元から下の方へ移動した。だが、うろたえてはいけない。自分は彼を誘惑していたのだった。その罠にはまったのは彼だ。


「いけないよ、僕と神崎と二股かけては」

「え……」


 うむ、嫉妬しているのか彼は。それもよかろう。


「神崎さんも優しい方です」

「……いけないなあ」


 うぐ、彼は両腕を離しくるりと舞を自分の方へ向けた。


 今度は壁の方へ舞を追い詰める。もう逃げ場がない。


 その状態で両腕で舞を挟み込みながら、唇を舞の唇へ急接近させた。

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