第19話 斑鳩豪の彼女

 すると、彼の目の前に一人の女性が座った。


「ごめんなさい、お待たせして」

 

 といって髪をアップにして、美しいうなじを見せる色っぽい女性、彼の秘書だ!


 くだらない用事で呼び出され部屋に入っていくと、いつもそばに控えていた女性。まさか、この人が彼女?


「彼女と一緒に来たんだ。たまには温泉でデートなんてしゃれてるだろ。ネットで検索してて、たまたまここを見つけたんだ~~」

「そうですか……では私は……失礼します」

「おっと、待った。彼女にも、何か冷たいものを持ってきて」


 と引き留められた舞は、彼女が注文したクリームソーダをトレイに乗せ、再び彼のもとへ。


「お待ちどうさま……どうぞごゆっくり」

「ああ、温泉でデートっていうのも乙だよね、八雲君」

「そうでしょうねえ、どうぞお寛ぎください、課長」

「さあて、さっぱりしたところで、今日はもう遅いなあ、これから運転して帰るんじゃ大変だな。泊まっていこうかどこかで」

「そうねえ……うふふ。いいわよ」

「そう来なくちゃ」


 と目の前でいちゃついている。まあ、秘書とできてたなんて知らなかった。こういうことってよくあることなのだろう、と横目で二人を見る。


「ふ~ん、羨ましいのかなその目付き。彼氏がいないってのは寂しいものだねえ、八雲さん。おおここで彼氏を見つけるつもりなのかな?」

「もう、私たち何の関係もないんですから、余計な詮索をしないでください!」

ホテルでもどこでも、好きなところへ行って好きなことをなさってください」

「まあまあ、そんなに急いで追い出すなよ。ゆっくりしていくよ。君は仕事頑張ってね!」


 と、椅子によりかかったまま、斑鳩は軽~くウィンクした。


 結局斑鳩豪は、その後一時間以上もラウンジでくつろぎ、閉館時刻の八時まで粘り、ようやく高級車に乗り去っていった。 


 車の中で秘書は彼の耳元で、囁いた。


「ねえ、斑鳩課長。私たちが付き合ってるってことにするなんて、よっぽど八雲さんのことが気になってるんじゃありませんか? 直球で行けばいいのに」

「そういうわけじゃないよ、なんか彼女を見てるとからかいたくなっちゃうだけさ」


 そういうのを、気になるっていうでしょ。まったく高校生並みのやり方、いや中学生以下……。この日と本当に大丈夫なの。


「彼女結構かわいい人ですよね~~。いなくなって気になりますよね」


私に彼女のふりをしてくれなんて、嫌になっちゃう。私本当に課長を誘惑しますよ。私には目もくれないみたいなんだもの。


「変なことを勘繰らなくていい。君は言われたとおりに行動してくれれば」

「わかってますよ。課長の言うとおりに私は行動しますから。忠実な秘書として。私は八雲さんとは違いますので」


 楽しくおしゃべりをした後は、それぞれ家に帰った。もちろんホテルなどには寄らずに。結局のところ、二人は付き合っているわけではなく、舞の前で付き合っているふりをしただけ。


 斑鳩豪の考えていることはわからない。


 いつも二人きりなんだもの、本当の彼女になってもおかしくない……。秘書も、湯上りの彼を見てつぶやいた。

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