第18話 斑鳩豪がやってきた

「何になさいますか?」

 

 初めてのウェイトレスの仕事だったが、舞はてきぱきとこなしていた。仕事をするとはいっても、これだったら数時間ぐらい難なくこなせそうだ。自分に向いているのではないかと思い始めた。


「アイスコーヒーと、クリームソーダですね」

「わあ、美味しそう」


 カップルは楽しそうに、目の前の飲み物を見つめた。グラスを置いたときに聞こえたカランと氷の音が涼しげでいい。


 二人は喉が渇いていたのか、グラスの半分ほどまで一気に飲んだ。お風呂上がりの冷たい飲み物は美味しいはず。


 窓の外を見ていた男性が振り向いて舞に声をかけた。


「君ちょっと」

「はい。ご注文は何になさい……」

 

 って、この人まるで斑鳩豪(いかるごう)にそっくり! だけど、こんなところで会うはずがない。


 だが、もしかすると本人では。


 いや、まさか? だって、どうしてここに来る必要があるの。でも、絶対に来ないとは言い切れない。


 舞の心の中は混乱するばかり。


 一人で来ているのか、誰か女性が出てくるのを待っているのか!


「ちょっとお姉さん、どうしたの。丸い目を、ますます丸くして……僕は注文したいんだけど」

「……はい、ただいま……」


 そばへ寄ると、やはり本人!


 ああ、あの辛い日々が思い出される。だけど、ここはじっと我慢。逃げ出しては、またもやバカにされるだけだ。


「何になさいますか~~」


 と語尾を上げて訊く。


「そうだなあ。レモンスカッシュにしよう。爽やかな僕にぴったりだ」

「……そうでしょうか……」

「あれ、同意してくれないの」

「……ああ……そうですね。ピリピりしたところとか、酸っぱいところとかがでしょうかねえ……」

「久しぶりに会ったのに、不愛想だな」


 と斑鳩豪は、舞の腕を掴んだ。


「あっ、何をなさいます、お客様!」

「接客業なんだからもう少し愛想よくして。爽やかな笑顔を見せてくれなきゃ」


 あああ~~、またしても言われた。この文句。


 こういう顔なんだから、仕方ないでしょうが! 


「私、これでも結構笑顔が素敵って言われますけど、顔だけは変えようがありませんっ」

「ふ~ん、そうお」


 と舞の顎を親指と人差し指でははさみ、くいっと上へ向けた。


「まあまあかな」

「余計なお世話です!」

「そうそう、ここで泊まり込みでいろいろ特訓をしてるんだろ?」

「ど・ど・ど・ど・どうしてそれをご存じなんですかっ? 私、誰にも言ってないのに。おかしいわ。そういう個人の秘密が、どこからばれたんでしょう?」

「いや、偶然だよ、偶然。たまたま彼女とデートでここへきたら、君が現れたんだ~~」


 絶対にどこかから情報が漏れたんだ。


「それ本当なんですか。信じられないっ」

「何が信じられないの。偶然来たことかな、それとも僕に彼女がいること~~?」

「斑鳩課長の言うことは、信じられません」

「君に嘘をついたって仕方ないじゃないか。それより注文の品よろしく。あんまり待たせないでね」

「もう~~、わかりましたっ!」


 厨房から飲み物をもってテーブルへ運ぶ。


「そういう姿も似合うねえ。おや、それってメイド服みたい。エプロンをつけているとまさにそのもの」


 このメイド服のようなワンピース、この人に突っ込まれるとは……情けない。


「だって、こういう仕事ですから」

「君にはそういう仕事が似合っているのかも。う~ん、そうだ! 次の仕事は……家政婦っていうのもありかも」

「もう~~~っ、そんなにからかわなくてもいいでしょうっ」

「別に僕はからかってなんかいないよ~~」


 トホホ……舞の顔は赤くなってきた。彼とは、すぐにどこかで出会ってしまう運命なのか……。

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