第25話 斑鳩に翻弄される舞

 指定された時刻になり、昼間来ていた服のままで部屋へ向かう。


 ドアをノックすると、パジャマに着替えた豪が出迎えた。


「あら、私もジャージにすればよかった。こんな服じゃ窮屈だったな」


 ちょっと不服そうな表情で、中へ入る。


「君はそのままでいいよ。いまから着替えるのは面倒だろうし」

「いえ、面倒ではありませんよ。ちゃちゃっとできます」

「まあ、いいからいいから。入って」

 

 背中を押され、部屋へ入り周囲を見回す。舞の部屋より一回り広い。どんな仕事をするのだろう。


「こほん、えっとこれをやってほしいんだが」


 と目の前に示されたのは、色紙。


「えっ……これでまさか私に折り紙を折れと? これが特別な仕事ですか」


 誰でもできるじゃない、それにここじゃなくても。


「図星、さすが八雲君、勘がいいじゃないか」

「だけど……何のために? これをお得意先やお客さんに配るなんてこと、まさかしませんよね?」

「違うよ……これは全くプライベートなお願いだ。僕のいとこが入院していてね、手術をしなければならなくなって、それで心のこもった、手作りの品をあげれば元気が出るだろう。入院の定番といえば、千羽鶴。良いアイディアだろ」


 と何のためらいもなく彼はいった。


 舞はきょとんとしてしまった。


 特別器用ではないが、鶴を折るぐらい何の造作もない。だけど、他人に追ってもらって心がこもるものだろうか。


「心がこもるものといっても、他の人に追ってもらったら、課長の心が籠らないのではありませんか?」

「まあ、厳密に言えばそういうことになるだろうが、これの場合は数をそろえることが大切なんだよ。わかるだろう」


 なぜ私に頼むのだろうか。


「彼女の秘書さんには頼まないのですか?」

「ああ、彼女は結構仕事が忙しくてさ」


 それは不思議だ。


「私だって……結構忙しいし……」

「ちょっと待った! これは神崎にも伝えてある。君は彼の秘書なんだろ、個々の講習を終えたら、仕事を斡旋してもらえるように言っておくよ、彼は結構顔が利くんだ。それならいいだろう」

「ああ、そういうことですか。それならいいんですが……」


 最後の一言は説得力があった。鶴を折れば、神崎所長の顔でよい仕事にありつけるとは、なかなかいい話かもしれない。


「それでは、善は急げです。ど~んどん折りましょう。私こういうの、得意なんですよ。課長もやってくださいね」

「そりゃそうだ」


 斑鳩は金色の折り紙を持ち、折り始めた。


「えっと、初めはこうだったかな」

「そうです」

「次にもう一度三角形にして」

「その調子です」

「あれ、あれ、次はどうするんだっけ」

「こうですよ」

「それはわかってます、ほら、こうして広げて、次はここを折ります」


 てきぱきと指示を出す。


「あれ、今度はどうすればいいんだっけ」

「ほら、ほら、こっちへ折るんです。そのあとは開いてください」

「難しい、綺麗に折れない」

「曲がってますね。出来上がりがいびつになっちゃいますよ」

「わあ、変な形だな」


 気が付いたら手取り足取り教えていた。時折指が触れあったりしている。だが、そんなことは気にならないで指導する舞。二人はどんどん接近するが、なぜか自然で気にならない。向かい合った二人の頭はほとんど触れそうになっている。


「これは、いつまでにいくつ作ればいいんですか?」

「そりゃ千羽鶴っていうぐらいだから、多ければ多いほどいいんじゃないのか? 期限は三日後……」

「ええ~~っ、三日間これを作るんですか?」


 っとのけぞった。


「他に頼める人もいないしな」

「ええ~~っ、斑鳩さん、友達いないんですか~~~」

「僕は交友関係は広いが、こういうことを頼める人はいないんだ」

「そうだ、みんなに協力してもらえば、短期間でできますよ。うちのグループの六人と、他のグループの人たちにも声をかければいいんです」

「いや、それはダメだ」

「どうして?」

「これは全くプライベートな頼みなんだ。悪いよ……他の人たちは僕とは初対面だからな」

「私には頼んでおいて……」


 どういうこと?


「君は特別だから。それに、ほかならぬ神崎の秘書だからさ。千羽が無理でもそれにできるだけ近づければいい」


 ふ~ん。


 私に頼んだ理由は何だろうか、わからないけど、さっきの特典がついているならいい。


 私は特別ってこと。

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