第24話 誘惑しているつもりの舞
「あ、やっぱり私もコーヒーを頂きます」
ころりと発言をひるがえした。彼にコーヒーを淹れてもらうことなんて、今まで一度もなかったから、頼んで観察しよう。
「じゃ、ソファに座って待ってて」
と、今まで彼が座っていたソファに腰かける。尻のあたりが温かい。
彼は、ドリップコーヒーのパックをカップのふちに乗せ、静かにお湯を注いでいる。立ち姿はすらりと格好よく、指先が伸びて長い。結構様になっている。
良い香りが漂ってきた。これはいけるかもしれない。
「はいどうぞ」
カップをうやうやしく両手で受け取った舞は、一口口に含んでみる。口いっぱいによい香りが広がり、苦みと酸味が喉を通った。日頃よくチェーン店のコーヒーショップへ行く舞だが、満足できる味わいだった。
だが、あえて甘えてみる。
「私の口にはちょっと苦いようなので……ミルクはありますか」
「はは~~ん、君ブラックは苦手なんですね。お子様だなあ。ありますよ、はい」
お子様は余分なセリフだ。
「私って、子供みたいなんですう」
差し出されたミルクのスティックをすべてカップにあけた。
「お砂糖は」
「いただきます、一つ」
「どうぞ」
おいしいコーヒーを味わいながら、一息ついた。気分がいい。
斑鳩もカップを片手に隣に座った。おっと、ずいぶん近いなあ。二人の間は、十センチぐらいか、いや五センチぐらだ。
「斑鳩課長は、お変わりないようですね。お肌もつやつやしてるし、と~っても元気そうです」
体を彼の方へ向けて目をぱちぱちさせる。
「エネルギッシュと言ってほしいね。僕は、活力があるんだよ」
「そのようです。そこが魅力なのでしょうね。私、常々思ってましたが」
「うぐっ!」
コーヒーを吹き出しそうになった。今の言葉はかなり彼を驚かせたようだ。私が彼を誉めたのはこれが初めてだからなのか。彼がコーヒーを淹れてくれたのも初めてだったが。
「君に褒められるなんて……ああ驚いた~~。八雲訓もようやく僕の魅力に気が付いたようだね、ここへきてから」
「私も以前はだいぶつんけんしていたと、今では後悔してるんですよ。もっと人にやさしくすべきだったと」
「……へえ、そうか」
さて、もう一押し迫ってみようかな。
「秘書の方とデートされてるのを見て、課長って本当はと~っても優しい方なんだなって、わかりました」
「そうだろう、僕は美しい女性には甘いんだ」
それじゃ、私は美しくなかったということかい?
「羨ましいわ、彼女。課長とデートできるなんて」
ああ、言いすぎかな。
しばしの沈黙。
怖い、斑鳩豪、どうしたんだ。何を考えている?
怖すぎて、コーヒーカップを握りしめたその時、彼の腕がガシッと舞の肩に回された。
うぐっ、なんだこれは。どういうこと!
「よし、そういうことか。それじゃ、君にもこれから優しくしてあげようじゃないか。僕の魅力に気が付いた君に」
へっ、へっ、腕がガタガタ震える。
「怖がらなくてもいい、なんせ僕は紳士だからね。君の見立て通りの男、はははは……」
笑うところじゃないでしょう。
驚きすぎて、顔が引きつり、腰が抜けそうになったが気を取り直してこういった。
「嬉しいわ……」
と、彼の膝に手を置いた。おお、結構筋肉質な太もも。
それから斑鳩豪の腕を振りほどき、いったん部屋へ戻る。
「ふふ、斑鳩豪、秘書だけでなく私にも手を出したわね。だけど、私は簡単には落とせないわよ、見てらっしゃい」
鏡の中の自分に向かってニンマリ笑う。だが、どうみても秘書よりも童顔だし、美人とは言えないし、がそんなことはどうでもいい。私の方がセクシーなんだから。
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