第26話 二人の時間

「ちょっとお腹が空いたなあ。ねえ、何か食べたいね」

「そうですね、あ、部屋にカップラーメンがあります。持ってきますよ」

「おお、ありがとう」


 二人でカップラーメンをすすり、ほっと一息つく。


「おいしいねえ、こういうのも」

「たまに食べたくなるので、用意してきました」

「ふむ、僕のうちではこういうものは食べさせてもらえなかったから、う~む、美味しいねえ」

「そうでしょう、夜食べるのもいいもんです」

「ふ~っ、ほっとしたよ。あったまるなあ」


 こんなに感激するなんて、愛情に飢えているのだろうか。


「斑鳩課長は、一人暮らしなんですか?」

「うん、マンションでね。君もそうだろ」

「そうです」


 そういえば、個人的なことなんて聞いたことが無かったっけ。


 ラーメンを食べて一仕事すると、指が疲れてきた。


 斑鳩が、テレビのリモコンのスイッチを押すと、十時から始まるドラマが映し出された。刑事たちは知恵を絞って犯人を追い詰める。殺人事件の犯人の潜伏先は、未だ謎のまま。ストーリーにのめり込むと、指が動かなくなる。スピードが遅くなったり、止まってしまったりする。


 気が付くとドラマは終わり十一時近くになってしまった。時間を忘れて、二人きりで部屋にいる。


「う~む、面白かったな。食べたら眠くなってきた。僕はちょっと横になるから、君は続けていてくれ」

「ええ~~~っ、そんなこと言って私にみんな押し付けるつもりでしょう」

「ちょっと一休みするだけだ」


 とあくびをして、ソファに横になってしまった。目の前に魚河岸の魚のように横たわる斑鳩をしり目に、舞は一つ一つ丁寧に鶴を折る。ああ、また一つ増えた。色とりどりの鶴が増えていくのは楽しい。同じ姿勢を取り、肩が凝ったので立ち上がりぐるぐると腕を回す。寝ている斑鳩は当然のことながら物言わない。その口からは何も発せられない。


 すると、冷静にこの人物を見ることができた。


 客観的にみればかなりハンサムだ。黙っていればいいのに、と小声で言ってみる。反応がないので、目の前に手をかざしてみる。


 面白くなって、手を振ったり握っては開いたりしてふざける。目の前であかんべえをする。一番心配しなきゃいけないはずの人は、相変わらず市場の魚のようだ。この人本当にのんきなお坊ちゃんなのかな。意外とものすごい悩みがあったりして……。


 再び接近して、髪の毛を触ってみると……。おおサラサラだった。美しい髪の毛。


「う~ん」

「あれ、起きたんですか。さあ、また頑張りましょ」

「どのくらい寝ちゃったのかな。お腹がいっぱいで気持ちがよくなった」

「まあ、ほんの三十分ぐらいですね」

「あれ、もうそんなに」


 むっくり体を起こし、再び鶴を折り始める。良かった。


「私こんなにできましたよ、課長が眠っている間に」

「もう、嫌味を言って。可愛くないなあ」

「お互い様ですよ。まあ、どうせ私は可愛くないですよ」

「黙ってればかわいいのに」


 えっ、私と同じ反応。


「課長も結構上手になってきましたよ。やればできるんですよ、ねっ」

「うわあ、君に褒められるなんて、嬉しいよ」


 わざとらしいセリフ。だけど、褒められて悪い気はしないもので、鼻の下を伸ばしている。笑った時の顔って、可愛いものね。今までほとんど見たことが無かったけど。


 いけないいけない、甘やかしては図に乗るわ。


「さあ、やればできるんですから、手を動かしてください。今度は私がちょっと休憩しますね」

「あれ、そう。じゃ、場所を変わる?」


 う~ん、疲れたわ。ちょっと私も一休みだわ。ソファにもたれかかると、眠気が襲ってきた。眼を閉じてゆったりした気持ちで背もたれによりかかる。ちょっとひと眠りしよう。お互い様。


 その間斑鳩豪はひたすら手を動かす。先ほど眠ったので、調子がよくなってきて、どんどんはかどる。


 う~む、我ながら上手になった。やっぱり俺は天才。何をやっても上手だ。小学校以来、工作や美術ではいつも褒められていた。


 はっ、はっ、はっ、八雲舞。


 お前よりも上手になったぞ、見てろよ、起きた時にこんなにできたのかと、焦るはず。かなりたまった鶴を前に優越感に浸る。


 目の前の女の子は熟睡している。いや、爆睡してる。


「お~い、眠ってるのか」

「……」


 寝息が聞こえる。じ~っと顔を眺め、目の前に手をかざして降ってみる。完全に眠っているぞ、寝息が聞こえる。


「寝ちゃったのか?」

「……」


 返事をしない。知らないぞこんなに無防備で。


 それでも動かない。


 目の前で眺めていると、思っていた以上にかわいいので、鶴を折る手に汗が滲んできた。体も火照っている。


 風呂で暖まりすぎたせいかな、だがそのせいではなかった。


 そっと頬に手を触れると、肌の感触は滑らかで温かい。髪の毛が指先を優しく撫でる。


 顔まであと数ミリの所まで、自分の顔を近づけてみた。石鹸とシャンプーと体から発散されるにおいが混じり合い、五感を刺激していく。


 寝てるなんて罪だな。


 う~む、風呂で磨いているだけのことはある。相当スタイルもいいと自分でいっていた、自己申告ではあるが。確認してみたいものだ……。体の上からサイズを推測する。細身だが、しっかり胸が膨らんでいるし、ウェストは引き締まっている。腰から下は流線型で膝から下はほっそりしている。


 う~む、こんなにじっくり眺めたことはなかった。いい眺めだ……。彼女に冷たいことばかり言いすぎたかな。


 そうだ、舞の方から俺のことが好きだって、告白させればいいんだ。斑鳩豪はにんまりして、布団をかけた。




 

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