第27話 泊まってしまった

 舞は目を開けた。


 あ~~~っ、ここはどこだっけ!


 が~~ん、斑鳩豪の部屋!


 そうだ、ソファに横になってちょっと休憩して……。カーテンから光が差し込んでいる。嫌な予感だ、時計を見るのが怖い。だが、見ずにはいられない。


 まずい! 起床時刻の六時を過ぎている。


「あああ~~~、まずいよ。どうして起こしてくれなかったんですか!」

「だって僕も眠っちゃったんだもの、疲れたからベッドで横になったらいつの間にか、こんな時間だ」

「朝になっちゃった」

「そりゃ、夜が明ければ朝になるよ」

「何をのんきなことを言って……。六時に起きなきゃいけなかったのに」


 しかも男の人と過ごしたのは初めてだし、こんな形で一晩過ごしてしまった。


「ひょっとして、私に何かしてませんか?」

「するわけないだろ」

「そうですか、それならいいんですよ」

「自分で眠っちゃったんだから、君の責任だ。ここは僕の部屋だしね」


 よりによって斑鳩課長の部屋に泊まってしまったのか。


 なんたることか。


「どうして起こしてくれなかったんですか」

「だって、あんまりよく眠ってたからさ。起こしたんだけど、起きなかったんだ」

「そんなことないですよ。私、寝起きはとってもいいんだから」


 完全に彼を誘惑しようと思っていたことを忘れていたが、突然思い出した。


「僕は何も悪くない。勝手に君が眠ってしまったんだから、僕を責めないでくれよな」

「今何時なんだろう」

「えっと、時計は……。ここにある」


 斑鳩はスマホの時計を見た。時間は……六時半!


「ああ~~~っ、もう六時半。どうしよう~~~」

「どうしようったって、寝坊しちゃったって、素直に謝るしかないだろ」

「もう、ひどいひどいひどい~~!」


 と舞は完全に斑鳩豪のせいにしているが、怒っているうちに涙が出てきて、彼があまりに喜び、笑い転げる始末。


「ああ~~あ、疲れた。もういいです。部屋へ戻って支度します」


 ばたんとドアを開けて二階へ上がる。二階では、既に皆支度を終え、さまざまな方向へ歩いている。洗面所から部屋へ戻っていく人、支度を終えて下へ向かう人。


「ああ、八雲さん。おはようっ、早いなあ、もう支度を終えたの、あれ違うのかな」


 ぼさぼさの髪の毛を見る。


「今、下から来たよねえ、どうしたの」

「おはよう、五本木さん。どうもしないわ」

「なんか変だな。いつもと雰囲気が違うけど、何かあったの?」


 平常心を持たなければと思うが、寝ている間にあられもない格好を見られたかもしれないし、変な寝言を聞かれたかもしれない。そんな慌てぶりが六本木にも伝わったのだ。


「いつもと同じですよ、五本木さん。私はいたって、普通通り」

「むうう~~、ああ、あんまり疲れてたんでそのまま眠ってしまったんですね。髪の毛の寝ぐせ、直した方がいいですよ」

「どどどどうも。これから支度するところでしたから」

「ふ~ん、それなのに一階から来ましたよね。何かしてたんですか?」

「ななな~~んにも、してませんよ。さあ、六本木さんもう食事の時間ですよ。早くしなきゃ」

「おっと、そうだった。それじゃあ食堂で」


 慌てて洗面所へ行くと、髪の毛はぼさぼさ、どんよりした顔が鏡の中に移っていた。不覚にもこの顔をさらしてしまったのだ。


 だけど、待てよ。あんなに毛嫌いしていた斑鳩豪の部屋に泊まってしまったのだが、不快な感覚がなかった。


 私としたことが、そんなバカなことがあるはずがないのだが。もしや、自分は彼のことをそれほど毛嫌いしていたわけじゃないのでは。意外といい人なのではと、複雑な感情が舞の中で渦巻く。


 嫌だ、どうしよう。あんなに敵対視していた斑鳩豪と一緒にいたのに、平気になっている。一晩中一緒にいたのに、何をされるかわかったもんじゃないと恐れていたのに、いつの間にか眠っていた。


 舞、しっかりするんだ、これは一時に気の迷いに過ぎない。また彼の顔を見れば、怒りがわいてくるはず。


 急いで着替えを済ませ、まあこれは下着を取り換えただけだったのだが、再びユニフォームを着て食堂へ滑り込んだ。皆は食事を終え、食器を片付けているところだった。


「今日は、遅かったのね」

 と恵がいう。


「まあ、ちょっと。昨日あんまり疲れたから、寝過ごしたの」

「そう、そろそろ疲れがたまってきたもんね」


 穂香が、ウィンクした。


 神崎がすれ違いざまにいった。


「斑鳩の手伝いありがとう。今日もよろしく頼みますね」

「へえ、だから一階から来たのか」と五本木がつぶやいた。


 神崎さん、言わないでほしいわ。今度は斑鳩豪が食事をしに入ってきた。


「あ~あ、皆さん早かったんですね。神崎、昨日は快適だったよ」

「よかった、ベッドの寝心地もいいだろ」

「ああ。いい部屋だな。おお八雲さん、食事も一緒になっちゃったね」


 と意味深なことを言う。この人少しは場所をわきまえて欲しい。眼をきょろきょろさせながら、舞はいう。


「ああ、偶然ですね」

「仕方ない、起きた時刻も……」

「もう二人だけになっちゃったから、一緒に食べましょう!」


 と皆の後姿を見ながら、つい声を荒げてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る