第28話 食堂で二人きり

「うん、ゴホン。余計なことを言わないでくださいよ。斑鳩さんの部屋へ行ってること、知られたくないんですから。わかるでしょう、レディーの気持ち」

「君も一応レディーだったか。だが、僕は何もやましいことはしてないんだ、秘密にする必要はないし、これからも来てもらわなきゃいけないんだから、知られた方がかえっていいんじゃないのか。隠し立てする方が、逆におかしいっ」

「だって、他の人たちに冷やかされますよ……いいんですか~?」

「僕も冷やかされるってことか、その辺は他の人たちの方が大人だと思う」


 全然理屈に合わないな。自分はどうってことないということだろう。


 そんな彼をしり目に舞はどんどんご飯を掻き込み味噌汁で流し込む。今日も焼き魚と野菜の煮物が美味しい。


 上目遣いにちらりと彼の方を見ると、悠然と箸を動かしてはゆっくり咀嚼する。この人暇だから何事も慌てないのだ。ところでいつまでいるつもりなのだろう。


「課長、こんなところでのんびりしていて大丈夫なのですか? 会社の仕事もあるでしょうし……美人の秘書さんもご心配でしょうし」


 彼女をやきもきさせていいのだろうか。


「いつまでいるか特に決めてないんだ。神崎にはゆっくりしていけって言われてるし。お言葉に甘えようと思ってる」

「ええっ、神崎さんが。そんなことを言ったんですか、信じられない」


 だが、ふふふっと笑った。


 舞の心臓はビクンと跳ねた。まさか、斑鳩豪がここにいるのがうれしいとか、帰らないほうがいいとか、そんなことを思ってるはずがないのに、どうしたことか。


 しっかりするのよ、舞。誘惑しているのは、こっちなんだから。後でぎゃふんといわせなきゃ。


「まあ、課長がそんなにここが気に入ってるなら、ず~っといてもいいですけど、滞在費を出すのは神崎さんでしょうし」


 甘え声でいった。


「いや、ちゃんと滞在費は払うつもりだよ。そこは、友達といってもきちんとしなきゃ」

「あら、さすが斑鳩さま。そりゃそうですよね」

「だから、気にせずにいられるんだしね」


 そこはまた違うと思うのだが、まあいい。舞はちょっと甘えてみた。


「今日も、私夜になったら部屋へ行きますね。楽しみにしてま~す」

「そうだろう」


 というと食事を始めた。

 

 その日の授業は落ち着かなかった。五本木には、


「昨夜はどこへ行っていたんですか? まさか、こんな辺鄙なところで外へ出ているなんてことはないですよねえ。野生動物がいるから、危険ですよ。シカやイノシシがいるかもしれないし、ひょっとすると、熊なんかもいるかもしれない」

「まさか、外になんか出ていません。ちょっとならいいけど、夜通しいたら怖いもの」

「気を付けてください。あっ、別に僕は詮索してるわけじゃないですから……」


 好奇心いっぱいの目で見ている。


 穂香までも訳知り顔でいう。


「いいのよ、お互い大人なんだから、いろんなことがあるでしょうから。ここでいい人を見つけるのもいいことじゃない」

「そ、そ、そうですか。って、何もないですから私!」

「神崎さんね、ちょっといい男じゃない」

「違いますよ」


 穂香さん、鋭いようで勘違いがはなはだしい。神崎さんに秘書を命じられたことが、他の人には意味深に映っている。


「彼独身なんでしょう。就活しないで、彼と付き合うのもありかもしれないわね。あ~あ、私もいい男見つけたいわ」

「そんなんじゃありませんよお」

「あなたに先を越されるとは、思わなかったわ。まっ、いいけどさ」


 私はモテませんよ、本当に。


 待てよ、勘違いしてもらってるのもいいのではないか。


「そんなこと言われると、意識しちゃうなあ。彼の部屋へ出入りすることも多いから」

「でしょう、だけど、ああいうタイプは二股かけてるかもしれないから、気を付けてねっ」


 と彼女は目配せした。


 確かにスタイルはいいしハンサムだし若いし。彼は持てるタイプだ。誰からも好感が持てるし、気さくで話しやすく威張らないと来ている。斑鳩豪とは全く違ったタイプ。

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