第12話 夕食時間

 女性三人が先に一階の渡り廊下を通り、宿泊棟へ戻った。秋風が感じられて湯上りにここちよい。着替えなどの荷物があるので、いったんみな部屋へ戻った。


 宿泊棟には参加者と講師たちの個室や講習を受ける部屋があり、食事の時間になると再び厨房のある温泉施設へ移動して摂ることになっている。至れり尽くせりで嬉しい。食事は7時から八時までと指定されていたので、舞は7時きっかりに入った。数人ほどの見慣れない人たちもいた。別のグループのメンバーなのかもしれない。そこへ五本木が現れた。


 定食の乗ったトレイをもって場所を探していると、


「やあ、八雲さん一緒に座りませんか?」

  

 と同じようにトレーを持った五本木が言う。石黒と長澤がすでに座っていて、手招きしている。煮物やみそ汁などの和食の優しい香りが、部屋に漂っている。盆には魚の塩焼き野菜の煮つけ味噌汁が乗っている。自分でメニューを考えなくても、バランスの良い食事が毎食いただけるのだ。


「ここにしましょう」

「そうですね。失礼して……」


 五本木が隣の席を指さした。長澤と石黒が隣り合わせで座っている前に、二人で腰かけた。二人も歓迎してくれている。


「ありがとうございます」


 目の前には長澤がいて、食事にすでに手を付け始めていた。


「いただきます」


 とご飯を一口ほおばり顔を上げると、彼と目が合った。彼は表情を表に出さないタイプで、感情を読み取るのが難しい。野菜の煮つけに手を付けながら話しかけると、

 

「僕はもっと味が濃い方がいいな。この煮物味付けが薄いな」


 という答え。味の好みはどうにもならない。里芋に箸をつけ口に入れると、素材の味を殺さない薄味で、舞にはちょうどよい味付けだった。


「美味し~い」

 

 焼き魚も程よい塩加減で、野菜の具だくさんの味噌汁は体によさそうだ。


「丁度いいです、私には」

「そうかな。こんな上品な料理じゃなくて、がっつりした牛丼が食べたいな。まあ、仕方ないよな、集団生活だから、贅沢言うなってことだ」

 

 彼は食事にはうるさい方なのかな。普段あまりこういう食事をしてないだけか。だが、体つきはほっそりして、引き締まっている。体育系なのだろうか。


「あの、長澤さんは運動していらっしゃったんですか」

「おお、わかる? サッカーをやっていたんだ。今は無理だけど、時々走り込みはしてるよ」

「それじゃ、空き時間にはランニングするんですか?」

「こんな山奥じゃ、無理だな。平坦な場所がないじゃないか」

 

 ここへ来たのが不満なようだが、なぜ参加したのだろうか。


「まあ、ここにはここの良さもある。我慢して楽しくやろうぜ」


 と石黒がなだめている。こういうところで、愚痴を聞かされるのは嫌なものだ。


「ったく、うだつの上がらない親を持つと苦労するぜ。さんざん苦労して会社勤めをした挙句、定年前にリストラされたんだからな。これからは、そんなこと日常茶飯事だ。俺だってやる気なんかでないよ、ったく」

 

 ぶつくさ文句を言っていたが、この人も家庭環境が大変なようだ。だから何とかしようと思ってるのだ。


「あの……長澤さんは、ここはどうやって知ったんですか」

「ああ、街で高坂さんって人に声をかけられて、来る気になったんだ」

 

 やっぱりそうか。だが、彼はどうして職探しをしている人がわかるんだろうか。そういう人には、仕事探してますオーラが出ているのだろうか。


「そうですか……実は私もそうなんです」

「君もか。四人ともみんな彼に声をかけられた」


 四人で話をしていると、恵と穂香がやってきた。

 石黒が手招きしている。


「食事をもらったら、ここへどうぞ」


 再び、六人全員がそろった。

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