第4話 カフェに斑鳩豪現る
善(?)は急げだ。早く準備をして、参加し三か月後には見違えるようになって戻ってきてやる。私を見下したやつらをぎゃふんといわせて、私を採用しなかったことを後悔させて……それから、それから……。
と参加する方に気持ちが傾き、パンフに目が釘付けになっていたら……。
えっ! パンフに不気味な黒い影が差した。誰よ、人の真上に来るのは。下に革靴と、ビジネスパーソンらしきズボンが見え、顔は、おっと驚いた。
なんと、あの元会社の鬼上司斑鳩豪だった。こんな時間にこんなところで何をしているのだ!
カフェでビジネススーツを着て休憩する人はよく見かけるが、そんなことをする必要はないはず。だって、秘書が美味しいコーヒーをいつも入れてくれるし、部屋のテーブルは広いし、第一営業する必要もないし。
「やあ、久しぶり」
「……あ……はい」
「今頃へこんでるかと思っていたが、元気そうじゃないか」
「……」
ことばが出ない。見あげた顔は……にやついている。
良く通った鼻梁に涼しげな眼、長身でスタイルもよく、かなりハンサムな部類に入る。耳元でささやく声は、低音で心地よい。引き締まった体つきにスーツを着こなす姿を一目見ようと、女子社員が用もないのに廊下をうろついている。彼女たちに会えば、優しい声をかけ愛想を振りまく。舞に対する態度とは格段の違いだ。モテるのが当たり前、女性ならみな自分に憧れるものだと思い込んでいる。
だが、舞にとって彼の外観は、は中身の残忍さを隠す鎧に思える。
「何を見ているんだろう?」
至近距離から覗き込む。この声で大抵の女性はメロメロになる。
舞は慌ててパンフレットを引っ込めたが、既に読まれてしまっているかもしれない。
「なんでもありません」
高坂が二人の様子を見守っている。
「次の作戦でも練ってるのかな?」
と語尾を上げながら言うところが、いやらしい。
「そんなんじゃ……」
「課長こそ、こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」
とやっといえた。
「僕は、忙しい身だからね。いろいろあるんだよ、君と違って」
だったら、どうしてここにいるの。
「大変ですねえ」
「そうなんだよお。じゃ、君も頑張ってね」
と笑いながら去っていった。あのにやにや笑いは何なんだろう。嫌なことが起きなければいいが。
もう、これは参加するしかないと思い始めていたが、念のため高校時代の友人である一柳祐奈(いちやなぎゆな)に電話した。鼻にかかった可愛い声で答えた。
「あら、舞じゃない」
「久しぶり。ちょっと話したいんだけど、時間ある?」
「もちろんよお、嬉しいなあ」
という挨拶から始まり、祐奈は最近のファッションの傾向を喋りまくり、ようやく一息ついたところで事のいきさつを説明した。仕事を辞めてしまい、目下新しい仕事を探しているところだということは知っている。
「というわけでさあ、祐奈。私これから三か月間の合宿に行ってくるから」
「ええ~~~っ! 合宿って、運動部の強化練習じゃあるまいし、就職するために合宿する必要あるわけ! 無事に帰ってこられなかったらどうするのよっ! ちょっと、その紹介してくれた人に私が会って、大丈夫かどうか見極めてあげる」
「やっぱりそう来ると思ったけどもう決めたから、止めないでよ」
「じゃ、相談する必要ないじゃない。ねえ、止めてもらいたかったんじゃないの?」
「そうじゃないんだ。誰にも言わないで出かけるのもやっぱりちょっと不安だったから……」
「やっぱり舞だって心配なんじゃない。もう~~、気を付けてよ。おかしいと思ったらすぐ逃げ出して、こっちへ戻ってくるのよ」
「ありがとう。じゃあ……行ってくる」
祐奈は何をやっても要領がいい。高校を卒業して親元を離れ、一緒にこの街へ出てきたけど、私は何をやってもうまくいかなくて失敗ばかり。それに比べて祐奈は世間の荒波なんてなんのその、しっかり稼いで毎月貯金額は確実に増えているようだ。羨ましい。
さあ、ここらで私も何とかしなきゃ。バイト代で食いつなぎながら貯めたお金を握りしめて、合宿に参加することになった。
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