第9話 初めてのミーティング

 夕食後、六人はスタディングルームに集められた。中央に長方形のテーブルが置かれ三人づつ向かい合う形で座る。舞の右隣には田中恵、左側には松永穂香が座っている。反対側には男性陣がいる。メンツだけ見ると、合コンのよう。


 舞は所長の神崎翔から渡された黒のワンピースを着用している。男性はチノパンやブラックジーンズをはいていたので、合格だったのだろう。恵は私服のスカートにブラウス、穂香はぴったりしたスラックスに白のセーター。


 自分だけが、服装で浮いているような気がする。ウェストに多少ゆとりがありベルトできゅっと占めているが、胸のあたりはぴったりでラインがくっきりと見える。白襟だけが目立ちそうだ。化粧はほんのり薄くして、ロングの髪の毛は肩のあたりで無造作に垂らしてあるので、ワンピースの方にだらりとかかっている。誕生日席に座った神崎が開口一番に言った。


「おや、八雲さんロングヘアをそのままにしておいてはいけませんね。ロングの場合は後ろで結んで、アップにしなければ」

 

 えっ、真っ先に私に来るかな、と舞はびくりとする。もう、私ばっかり。ここでも外見のことでとやかく言われるのかと、きゅっと口を固く結んだ。


「す、すいません。だけど、特に髪型の注意はなかったし……」

「ああ、前もっていえばよかったですね。次回からは注意を」

「石黒君も、髪の毛をしっかりととかしてくること」

「俺もっすか……仕方ないな」

「君たち、ここへは次の就職先を見つけるためのトレーンイングのために来ているんだ……心して臨んでくれたまえ。うんっ、五本木君!」

「僕もっすか?」

「君は、外見でだいぶ損をしている」

「えええっ、そんなこと言われても。二十数年間この顔で生きてきたんっすよ」

「顔は仕方がない。だが、雰囲気をもっと爽やかにできないかな」

「さわやかねえ……どうすればいいんだろう」

「髪型や服装、身のこなし、いろいろあるだろうねえ。君はちょっとトレーニングの必要があるだろう」

「へええ~~~っ、体を鍛えろと?」

「それでもだいぶ違う、やってみるといい」


 なんだか大変なことになりそう。人間改造計画だわ。


「君らは何かを変えようと思ってきているはずだ」


 その一言に、舞はぐっと来た。鋭いことに、図星を刺された。


「……そうです。その通りです」

「だったら、指示にしっかり従ってくれ!」


 だけど、私たち生徒なのにこんな言い方をされてしまった。彼もある種の鬼だ。だが、心の中は、優しいのかもしれない。何せ超イケメンだから。と、何の根拠もなく結論を出す舞だった。


「それから松永君っ」


 やっぱり、彼女も例外ではなかった。


「君は化粧が濃すぎる。特に目の化粧が濃すぎる!」

 

 おお、クラブでならした彼女の化粧はさすがにすごい。つけまつげに、アイラインにアイシャドウ、かなりの時間を費やしたに違いない。って感心してしまっていた。


「だってえ、講習会なんだから、別にお化粧なんてどうでもいいと思ったんだもの。私だって馬鹿じゃないわよ。実際の面接のときはきちんとしたメイクで臨みますっ!」

「それがいけない! いざとなったらできる、っていつでもできなきゃ」

「わかりました。あ~あ、こんなことを言われるなんて」


 穂香さん、参加したこと自体が間違いだったんじゃあ。クラブでの仕事を続けていた方が、よっぽど性に合ってるでしょうに。


「田中さんは、私服の雰囲気が地味ですが、まあいいでしょう」

 

 へえ、合格ってこと。私と何が違うっていうのかな」


「わあ、よかった」

「可もなく不可もなくってところかな」

 

 やっぱり難癖をつけられた。


 一通りの注意が終わると、六人にスケジュール表を配った。


六時起床! 早い!


 仕事をしていた時より一時間ほど早い。穂香さんがのけぞった。


「私こんなに早起きしたことない、起きられないよ」


 すると所長は涼しい顔で言う。


「そんなのは気持ちの問題。生活時間を朝方にシフトすればいいだけのこと」


 なんか取り付く島がない。 


「僕も同じですよね」


 と足にけがを負っている石黒が言う。


「怪我をしても起きることはできるだろう」


 そりゃそうだけど、鬼教官と六匹の子羊たちだ。まあ一癖ありそうな羊ではあるけど。


「この、実務っていうのは何ですか?」

 と長澤が訊いた。

「ここはどこだかわかっただろう」

「日帰り温泉施設ですね」

 と恵がうなづいた。

「ってことは……」

「そう、ここで接客をしてもらう。二人一組で受付や休憩施設でのドリンクなどの給仕をしてもらう」


 私は、じろりと所長の顔を見たが視線が合って、慌てて顔をそらす。


「講習だけではなく、仕事もするってことですね。お給料は?」

「これは講習の一環なので、勉強だと思ってもらいたい。いい経験になる」

「そんなあ、ただ働きじゃないっすか」


 石黒が、口をとがらせて抗議した。言ってみたところで無駄に決まってるのに。


「さあ、明日から気持ちを引き締めてやってくれ」

 ということで、六時起床分刻みのスケジュールで生活することが言い渡された。

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