第14話 男三人、眠れぬ夜の会話

 長澤は、都会の喧騒が友達のような暮らしをしているせいか、あまりの静けさで落ち着かなかった。


 窓から見える景色は、月の薄明かりの中にぼんやりと見える森。時折、聞きなれない物音がするのは何だろう。獣の鳴き声なのか、ずっと遠くから聞こえてくる車の音なのか、区別がつかない。


 時刻はまだ十時で、街をうろついたりゲームをしたりして、普段はまだまだ寝る時間ではない。退屈だな、ちょっと廊下にでも出てみよう。廊下の隅にある丸椅子があったので、腰かけて外を眺めていると、並んだドアの一つが開いた。


「おお、長澤さんじゃないか。まだ眠れないよな」

 

出てきたのは、石黒だった。彼も時間を持て余して、話し相手が欲しくなったのかな。

  

「なかなか寝付けないし、部屋にいるのも退屈だよな」 

 

といって、石黒は腕時計を見た。


「そうだな。寝るにはちょっと早い。部屋で一杯やるか?」

「う~ん、それもいいね。親睦を深めるために」

「どうせだから五本木さんも誘ってみようか?」

「ああ、まだ寝てなければだけど」


 五本木の部屋をノックすると、パジャマに着替えた五本木が出てきた。すでに寝ようとしていたのか。


「ああ、俺部屋ではいつもパジャマなんだ。まだ、寝ないよ」

「俺の部屋へ来ないか?」

 

と石黒が言う。いたずらっぽい目をして五本木がうなずく。

 

 今時就職先を斡旋するサイトはたくさんあるし、登録しておけば様々な職種の仕事が目に付く。自分もそんなサイトからデリバリーの仕事を見つけた。だから、ここに来ているのはどういう連中なのだろうかと、石黒は気になっていた。ましてや、パソコンの得意な五本木など、ここへ来る必要はないような気がする。自分自身もそうみられているのかもしれないが。


 石黒と長澤はビールで、お酒には弱いという五本木は、缶ジュースで乾杯してから、石黒が五本木に単刀直入に訊いた。


「派遣会社はいろいろあるし、就職あっせんサイトもいろいろあるだろ。そういうのでも探してみたんだろ、二人は?」

 

 五本木は一瞬ためらってから答えた。IT関連に詳しいのだから、できる仕事はいろいろあるだろうと思われている。


「派遣でいくつかの会社で情報関連の仕事をしてた。うまくいっている時はよかったし、、結構お金にもなった。そんなときは、時間がたつのも忘れていくらでも仕事ができたし、楽しくもあった。だけどずっと続けていると疲れてきて……体が思うように動かなくなってしまった」

「まあ、長時間パソコンをいじってりゃ、疲れがたまってくるよ。それに気が付かないことってよくある。俺なんか三十分と持たなそうだ」

 

 長澤がいう。


 彼には無理だろうな、と石黒は納得する。五本木は得意なパソコンの仕事に行き詰まってしまったということなのか。それじゃ、今後は何をしたらいいのだろう。


「転職を考えてるの?」

「そういうわけでもない。ある人から、コミュ障じゃないかって言われた。自分では意識してなかっただけに、ショックだった。自分のペースで仕事ができて、結構できるやつだって思ってたから」

「そうかな。普通に会話してるけど」

「するように心がけてる。勧誘の文句にひかれて参加したようなものかな。三か月後には必ず仕事が見つかるって、何かにすがりたかったのかもしれない。自分らしくもないけど」

 

 石黒はぐっと来てしまった。強い肉体を生かしてデリバリーから建設業への転職を考えていた矢先のけがだった。


「俺は建設関係の仕事をしてみようかと思ってたんだけど、けがをして当分それはかなわなくなった」

「治るまでの間だけだろ、それは。君ならできそうな気がするよ」


 と六本木は、ぽっちゃりした顔で答える。


「今は人手不足なんだ、募集してるところはいくらでもあるだろ」

 

 とあまり事情を知らなそうな長澤までもがいう。建設業といっても、体がマッチョなだけでは務まらない。筋力があり鉄骨などを持ち上げられなければ話にならない。それを一日続けるとなると持久力も必要だ。暑い夏の炎天下、寒い冬の外気の中働くのは並大抵のことではない。それに動作が機敏でなければ、怪我につながる。


「そうはいっても、なかなか素人では難しいよ」

「だけど、誰でも初めてやるときは素人だ」

「おお、いいこと言うねえ。君だって、コンピューターの仕事以外やってみる気になるかな。それと一緒だよ」


 二人の話を黙って聞いていた長澤が重い口を開く。


「二人ともきれいごと言ってるけど、ここでなんかほかに期待してることがあるでしょ? 宿泊して研修なんて、職探しをしてここへ来るなんて、若い女の子がいるに決まってるもんな」


 六本木が焦っていった。


「そうじゃない」

「本当か、出会いを求めてるんじゃないのか。いつもコンピューターとにらめっこしてるんじゃ、いい人に出会えないもんな。まあ、君の場合は出会い系のサイトでいくらでも出会う機会はあるかもしれないけど」


 六本木には、そんな下心が無きにしも非ずで、顔が赤くなってしまった。本心を言い当てられてしまった。隠していたかったのに。


 今や、会社へ出向かずに、自宅でコンピューターを使って仕事をする生活が続いていた。人と話をせずに一日が終わることもあるし、せいぜい画面越しの会話だけだ。人間としての感情が、枯渇していくのが哀しかったのだ。だが、ここでそれを認めるのも悔しい。


「まあ、ちょっと生活を変えて見ようかな、ってさ」


 と軽い調子で答える。

 

 長澤が突然ぽつりといった。


「あの……八雲さんって、いいにおいがしないか?」


 五本木と石黒が顔を見合わせた。


「あんまり意識してなかったから、わからないな」


 石黒は首をかしげる。


「そういえば、なんかバラの香りのような、いやレモンの香りかな、いい香りがした。風呂上がりだったからじゃないのか。石鹸ににおいがついていたのかもしれない」


 五本木は、うっとりしている。


「やっぱり。シャンプーのにおいなのかな。それとも、体から立ち上る香りなのか、どっちだろうってそばによるたびに考えてた」

 

 石黒がニヤリとする。


「君のタイプなのか? そんなことに気が付くなんて。しかも何の香りが想像してるなんて」

「今度会ったら、俺も確かめてみる」

 

 と石黒が言う。


「おいおい、あんまり近寄りすぎるなよ。嫌がられるぞ」

 

 長澤は、五本木は純情なのかな。舞さんに気があるんじゃないか、と思いながらビールをあおった。

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