第15話 早起きは三文の徳?

 目覚まし時計と、スマホのアラーム音が鳴り、時計の針は五時五十分を示していた。ああ、あと十分寝かせて、とストップさせて布団をかぶる。だが、五分後には再びアラーム音が鳴り響き、諦めて目を開けた。だが。体はベッドに横になったままだ。


 昨日は興奮して寝付けなかった……。


 この生活にしばらく慣れなきゃいけないのね、きついな、今の私には。


 再び五分が経過し六時ちょうどになった。すると、変な音楽が廊下で鳴り始めた。その音は次第に大きくなり、とても寝てはいられないほどになった。これではとても寝ていられない。絶対に寝過ごすことはないってことか。


 舞はもそもそとベッドからはい出し、パジャマのまま洗面所に向かう。すると、田中恵が先に来て顔を洗っていた。


「おはよう、恵さん」

「……んん……むぐ」


 石鹸をつけた顔が鏡の向こうからこちらを見た。泡だらけの顔に、眼だけがらんらんと輝いている。顔がほっそりしているので、目が大きく見えるのだ。フットワークもよさそうで羨ましい。洗い終わるとタオルでふき取ってから、ため息をついていった。


「あ~あ、上手くやっていけるかなあ、私。心配だわあ~~」

「大丈夫よ、何とかなるわよ。私の方こそ、苦手なことばかりよ」

「そうかな……舞さんは明るいし、器用そうだし、すぐにここの生活になじんで、上手くやっていけそう。社交的なタイプだし」

「へえ、そんなふうに見える。全然違うよ」


 自分も自信なんて全くないし、他の人を励ますどころじゃない。今度は石黒がやってきた。パジャマ姿の彼は、髪の毛はぼさぼさで、眼がとろんとしている。


「あ~あ、おはよう二人とも、よく眠れた?」


 うっ、息がお酒臭い。初日からお酒か。


「まあまあです」


 舞のまあまあ、というのはかなり守備範囲が広く、割とよかった時から、結構悪かった時までを含んでいる。本当はあまり眠れなかったのだ。初めての場所では、いつも眠れないし、人見知りも激しいのだが、なぜかそれを悟られることが無いのだ。


「そっか、俺たちは三人で飲んでて、だいぶ遅くなった」


 そうでしょうとも、息でわかる。


「顔を洗ってさっぱりした。今日はしょっぱなからマナーの授業だ。緊張するよ」


 恵も顔を洗いさっぱりした顔で言った。すっぴんだが、二重瞼がぱっちりしていて綺麗な顔立ちをしている。石黒の視線が注がれる。この娘、すっぴんも可愛い、と顔に書いてある。


「さっぱりしていいね」

「そうね、恵ちゃん」

 と舞が言うと、


「二人ともね」

 と石黒。


 私はおまけでいいわよ。彼が見とれたのは、明らかに恵だ。

 

 恵は頬を赤らめる。彼女今まで男性と付き合ったことないみたいだ。石黒のタイプは恵ちゃんなのか。対照的な気がするが、人の好みはわからない。


「ああ、腹減った。早く食べに行こう」

 

 という石黒の声で、三人は部屋へ戻り早速食堂へ。すると女性講師が先に食事をしていた。この時点できちんとメイクしてスーツで決めている。


「皆さん、今日は楽しみね」


 美人に話しかけられて、石黒が照れている。先ほどは恵に見とれていたのに、今度は綾部美玖にも見とれている。彼女はかなりグラマラスでもある。スーツの胸のあたりはかなりボリュームがあり、ボタンがはち切れそうだ。

 

 所長の神崎翔も遅れてやってきた。彼もきちんとした身なりで、顔は洗っているが寝ぼけ眼の舞とは大違い。


「おお、おはよう。よく眠れましたか」

「まあ、何とか」

 

 あまり眠れなかったのだが、理由を聞かれると面倒くさいので舞はそう答えた。すっぴんなので、超気恥しい。


「素顔に自信があるようで、素敵ですよ」

「えっ、そ、そうですか」


 どぎまぎする舞に、


「お化粧すると、さらに磨きがかかる。後で綾部君にみっちり教えてもらうといいですよ。彼女、プロ並みですから」

「わかりました」

「う~む、素顔は素顔なりの良さもありますがね……」


 神崎は、舞の顔ばかり見ている。もう、やめてほしいよお。


「途中でよい仕事が見つかったら、もちろん出て行っていいんですよ」

「そういう人もいましたか?」

「残念ながら、あまりいません」

「そうですか……頑張ります」

「その意気です」

「……はい」

 

 舞の顔をじっと観察していた神崎の目がある一点で止まった。


「おお、こんなところに、何か白いものがついています」

 

 神崎の細い指先が舞の口元へ伸び、止まった。


「えっ」


 なに、こんなところで、まさか……キス」


 顔が近い。うう、イケメンすぎる。


 こんな、公衆の面前で、いくら私が素敵だからって、いけないわ神崎様。


 指先は軽く舞の口元をつまんだ。ぞくり、とする。


「へっ? 


 と離れた時、指先には小さなゴマがあった。


「しょうがない人ですね、口元にゴマがついていました」

「……わあ……あはっ……」


 気味が悪かったわけではない。自然な手つきに、動きが止まってしまったのだ。う~ん、イケメンに口元を触られた。早起きは三文の得ってそのとおりね。早起きして、よかったわ。

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