第16話 美人講師の課題

「皆さん、昨日はよ~くお休みになれたかしら?」


 六人はテーブルの両サイドに三人づつ向かい合う形で座り、前には綾部美玖が立っている。美玖は両手を胸の前で交差させ、一人一人の顔を眺める。


「あら、さっそく酒盛りをしていたようね、男性陣は」

「わかりましたか?」


 石黒が答える。先ほど食堂で会話したので、他の男性たちよりも親しげだ。


「五本木さんの目は、とろんとしてるわ」


 お酒の匂いが漂っているので、誰にでもわかる。大丈夫だろうか。彼は二日酔いだと一目でわかる。


「まあ、何とか」

「そう、しっかり目を覚ましてね。今日は、接客の練習をしていただくわ」 


 五本木は心配そうな顔をした。彼は、人と接するのは苦手そうだ。


「さあ、ここに皆さんの役割が書かれているわ。よく読んで、それぞれの役割を演じてください」


 綾部は小さい紙を一人一人に渡した。それぞれに違う指示が書かれているようだ。舞は自分に配られた紙を手に取った。


『あなたは年上の男性上司にいつも悩まされています。彼の指示は常に一方的であなたの都合を考えず、無理があると感じています。通常の勤務では三日ぐらいはかかる業務を、明日までに終わらせるようにいってきました。どうにか三日後まで待ってもらうように説得したいと思っています。さあ、どのように説得しますか』


「それでは八雲さんと六本木さん。二人でやっていただきましょう。作戦はもう練りましたか」

 と促され、二人は向かい合わせの位置に移動した。


 六本木は、腕組みをして舞にいった。


「八雲さん、ちょっといいかなあ。この書類何としても明日の朝までに完成させてほしいんだ。クライアントがそれ以上は待てないっていっているから、よろしくな」

「そんな、六本木さん。明日までなんて、一晩徹夜しても無理です。三日後までにしていただけませんか」

「そこを何とかするのが君の仕事だろう」

「それならば、私一人ではなく誰かヘルプをお願いします。いえ、これは三日間まったく休まずにやって、やっと完成できるほど分量があります。三人でやらなければ、一日でやり遂げることは絶対に無理です!」

「無理かどうか、まずはやってみなければわからないだろう」

「今までの経験上言ってるんですっ! 五本木さんはやったことが無いからわからないんです。お願いします」

「君は頑固だなあ」

「頑固なのは五本木さんです! ご自分でやってみればいいんです!」


 お互いに自己主張するばかりで、話は一向にまとまらない。現実にこんなことをしていたら、いつまでたっても仕事に取り掛かることはできないだろう。


「はい、そこまで。言い争いになって終わってしまったわね。これじゃ、話し合いにならない」


 と綾部からストップがかかった。


「二人とも、そこに書かれていることをそのまんま伝えてるだけじゃないの。それじゃ相手に納得して、動いてもらえないわよ」


 すると、五本木がすかさずいった。


「書かれたとおりにやるのかと思って、その通り伝えたつもりなんですが、どこが間違ってたんですか」


 そうだ、舞だって書かれたとおりにやったのだ。こういう場面は、前の職場ではよくあった。そう、鬼上司に言いつけられて。


「ねえ、相手は生身の人間なのよ。言い方があるでしょう、それから態度、目線、体の動き。すべてで表現してちょうだい」

 

そういうことか。


「五本木さんは、八雲さんに何とかオーケーしてもらいたい。彼女は若い女性よ。徹夜しても無理かもしれないけど、頭から断られるなんて失格よ。もう少しソフトに、あなたの男性としての魅力を総動員してお願いしなきゃ。そうお願いする、って気持ちが大切。八雲さんの方も、あなたの女性としての魅力を最大限生かして、自分の気持ちを伝えて。初めから断るつもりじゃなくて、何とかやってみたいけど、ということをほのめかしてからやんわり断らなきゃ。そうすれば、もうちょっと別の道が開けるかもしれない」

「例えばどんな道が?」

「それは、そうねえ、君と一緒に僕も残業するよと上司が言ってくるとか、会社に泊まりますって言ったら、心配で放っておけないから自分も残るとか」


 私に足りないものって、そういうこと……。


「そんなうまくいくでしょうか」

「それそれ、それがいけないのよ。やって見なきゃ」

「……はあ、頑張ります」


 私には、色気がないということか……。


 五本木に見せてもらった紙には、次のように書かれていた。


『あなたは、イケメン上司です。部下の女性社員に何とか仕事を明日までにやってもらうようアプローチしてください』


 そういうことなのか……イケメン上司にはそれなりのやり方があるということ。

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