不器用な彼女は構いがいがあるのだが、実は自分の魅力に気が付いていない

東雲まいか

第1話 お風呂タイムは極上の時間

 そう――あれは一年前のことだ。


 四月から社会人として働き始めて半年。上司から、毎日のようにいじめにあう、みじめな毎日。まるで地獄のようだったっけ……。


「ああ、仕事が終わった後のお風呂って最高~~ほんと、気持ちいい~~~」

 

 と風呂場で、高らかな声を出しながら体を洗う一人の女がいた。風呂場は誰にも聞かれず本音を漏らすことができる唯一の場所。だから安心して本音が言える。アパートの風呂ではあるが、廊下側ではなく外に面してあるので声は絶対に聞こえない。


「よく頑張ったね、よしよし」


 と、ヘンな独り言を言う。


 八雲舞(やくもまい)は十九歳。春から晴れて社会人となり不動産会社に就職したのだが、受付をしている舞は会社の最も目立つ場所にいるものだから、社長の御曹司である斑鳩豪(いかるごう)の目に留まってしまった。そんな彼は舞にかなりの興味を示し、事あるごとに舞にちょっかいを出してくる。いや、何の用もなくても通り過ぎると、とりあえず彼女をからかう。そのたびに舞はへこみ、鬱憤がたまり、風呂場で一人晴らすしかなかった。


「あ~ん、もうつらいよう。どうして私に、ちょっかいを出すのよ」

 といえるものなら、いってみたい。


 もしかして私に気があるのでは、と鎌をかけてみたが、全くのお門違い。


 そんなわけで、舞の寛げる唯一の場所は風呂場になった。自分の体を慈しむように、石鹸の泡をたっぷり含んだスポンジを首筋から胸、胸から細くくびれたウェストへと滑らせる。上気した裸体が鏡の中で揺れている。


「よ~~く今まで耐えて頑張ったわ。偉いよ、私」


 と自分の体にねぎらいの気持ちを込めて、するすると優しく撫でる。


「私だってなかなかのものだわ、この魅惑的なバスト、ウェストから腰の流れるようなライン。素敵だわ~~」


 鏡の中の自分に語り掛けると、うっとりと心が溶けてゆく。


 会社では制服を着用しているので外見からはわからないが、客観的にみても形がよくふくよかな胸をしているし、ヒップはきゅっと引き締まっている。


 今度はウェストから太ももにかけて、石鹸の泡をまんべんなくつける。


「一体全体、どうして会社の男性たちは声をかけてこないのかなあ。もう、不思議ねえ……私って体だけじゃなくて、内面も素敵なのにね。うちの会社の男性って、全然見る目がないのよ、ふんっ」


 と次に胸元を突き出しポーズをとる。なかなかの美しいバストだ。


 いつかこの私の虜になる人が現れるわ、きっと。その時までしっかり磨いておかなきゃ。泡でふわふわになった体を、シャワーで流す。誰も見ていないのでどこまでも大胆にポーズを取りながら裸体を見つめて、再びにやりとする。自分だけの甘美な時間、決して人には見せられない。


 シャワーで洗い流して湯船にどっぶり浸かりながら鼻歌を歌うと、会社での不愉快な気分はきれいさっぱり消えていた。


 風呂上がりには、発泡酒の缶を取り出し、プシュッと一杯やる。キッチンの椅子にヒップを押し込み、デーンと足を投げ出す。パジャマの胸元からはくっきりと谷間が見える。だが一人暮らしの気楽さ、そんなことは気にならない。誰も見る人はいないのだから……。


 素敵な人がここにいたらもっと楽しいのかもしれない……と淡い期待を抱きながら。


 ひとりの時間を過ごしていると、いつの間にか眠りに落ち、いつの間にか夜が明けていた。



 学校だったら、とっくに先生に言いつけているところだったかな。いやいや仕返しが怖いから言わずにいただろうか。何か言われるのは周囲に客がいず、いつも舞が一人でいる時ばかり、目撃者がいないということだ。


 あ~あ、社長に言いつけようか。でも彼の言うことには社長はいつも彼の見方だそうで、自分のことは百パーセント信じているとのこと。経営者の息子強し。令嬢ではない自分を恨んでも仕方がないが、何とかこのストレスを発散するしかない。


 それで風呂場で一生懸命自分を磨き、頑張ったというか、耐えきった自分を励ます日々だ。

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