第5話 温泉で合宿
斑鳩は会社へ戻ると、舞に会ったことを秘書の早乙女礼(さおとめれい)に報告した。
「いやあ、あいつに会っちゃったよ」
「あいつって、八雲さんですね」
「どうしてわかるんだ。君感がいいねえ」
「そりゃあねえ、課長。やはり、八雲さんとは離れられない運命なのでは?」
ゴホン。
「君って運命論者だった?」
なんだかんだ、結局彼女のことが気になってるんじゃない。
「彼女お元気でしたか? ああ……私ったら、いけないことを聞いてしまいました。元気なはずがありませんね。今職探しで大変でしょうから」
「そのようだ、面白いなあ、全く」
「課長、何が面白いんですか?」
「それは……君には関係ない」
関係ないんだったら言わなきゃいいのに。にやにやして、何が秘密なのかしら。子供っぽいんだから。
「さあ、仕事に戻らなきゃね」
と、斑鳩は鼻歌を歌いながらデスクに座り、パソコンを操作し始めた。さて、合宿ってどこでやるんだ……。
一方舞の方は、列車に数時間揺られ指定された駅で高坂に連絡した。駅には高坂が車で迎えに来ることになっていた。くねくね曲がりくねった坂を上ると、秋とはいえひんやりしてきた。車は高度を上げ山の中の建物の前で止まった。
「ここです、おりましょう。まずは、お部屋へご案内しましょう」
左右に揺られて気分が悪くなってしまった。もう限界というところだったのでほっとした。舞は、車を降りて周囲を見回した。
「うううっ……ここ……ですか。なんか、チラシの写真とは違うような気がするんですけど」
「ああ、あれは向こう側の棟の写真なんですよ。まあ、いいから中へ入りましょう」
驚きの理由は……温泉だったのだ。
「っていうかここ……」
「そうです、ご覧の通り温泉です」
と涼しい顔で言う。合宿所だと思って来たので唖然とした。
「はあ……ここですって、私旅行しに来たんじゃなくて……研修に来たのですが」
「もちろん旅行などではありません。れっきとした就活のためのスクール」
「どこが……」
高坂氏は、私の荷物を下ろすと、にやりとした。何この笑いは。意味深な笑いほど怖いものはない。
「荷物は、ご自分で持ちください」
「ああ……当然です。お客さんじゃありませんので」
だけど、やっぱりここは山の温泉宿。木造建築で、外見はスタイリッシュだが入り口には『鹿の湯』と書かれている。そろそろと高坂氏の後をついて暖簾をくぐる。今日は休業中なのだろうか、入り口の受付には誰もいないし、待ち合わせをするのにつかわれるであろうベンチには、誰も座っていない。
ホールを通り、いくつかテーブルの並ぶ休憩室兼レストランに入っても、人の姿はなかった。こういう場所で人がいないのって怖い。
「ああ、今日は休業日なんだ」
「年中無休じゃないんですね」
「臨時休業で」
「……はあ」
レストランの前を通り過ぎると、高坂は突き当りのドアを開けた。すると屋根付きの渡り廊下があった。廊下を歩いていくと、別の建物に通じていた。
「こっちの建物は?」
「そうです。こちらが皆さんの宿泊所兼研修センターです」
「そうなんですね」
「怖がらなくても大丈夫、ちゃ~んと研修施設も君たちの部屋もはあるからね」
「怖がってるわけじゃないんですが、温泉があったのが不思議だったので」
「その理由は、いずれわかります」
君たち、ということはほかにも来ている人はいるわけね。そりゃ私だけのはずはないでしょうけど。
入ると目の前の部屋はダイニングルームになっていた。
「食堂の隣にスタディルームがあります」
スタディルームのわきに階段があり、二階へ通じていた。会談のそばに洗面所がありさらに奥へ進む。三つのドアを通り過ぎ奥から四つ目のドアの前で止まった。
「ここが八雲さんの部屋です」
「どうも」
おお、建物の外観は和風だったが部屋は洋間、左右は壁に沿うようにベッドと机が置かれ中央には小さなソファとテーブルがある。舞のアパートより綺麗でずっと快適そうだ。バルコニ-もあり、外へ出ることができた。
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