第3話 勧誘

 久しぶりに合宿所から街へ繰り出した森泉涼(もりいずみりょう)は、駅直結のカフェに入りブラックコーヒーを飲んでいた。ただコーヒーを飲んでいるわけではない。勧誘に行ってくるように所長から言い渡されているのだ。


 街はいつも人であふれている。これだけの人であふれかえっていれば、当然のことながらうまくいっている人ばかりではない。私生活でも仕事でも、全く上手くいかず悩みを抱えている人がごまんといる。そんな悩める人たちのささやかな夢をかなえ、仕事にありつけるように正しく導く自分は救世主といえるのではないだろうか。と格好よくスーツを着こなし、涼しげな視線で周囲を見回す。


 目的を悟られないよう、コーヒーをもう一口すする。コーヒーは本心を隠す、隠れ蓑のようなものだ。


 おお、いたいた。ちょうど良いカモが。


 ダサい格好で必死でパソコンをいじる。その指先も心もとない。ブラインドタッチには全く程遠く、人差し指ばかりを動かす女性。


 いやいや我がスクールにぴったりの生徒。


 多くの若者が働いているこんな昼下がり、パソコンの画面に顔面をするつけるようにしてのぞき込む、眼鏡をかけた女性。ぼさぼさの髪を無造作に黒いゴムで止め、前髪は不揃いですだれのよう。


 服装はスリムでもなくワイドでもない中途半端な感じのジーンズに、ダブっとしたトレーナ。年は二十歳前後か、一言でいうと冴えない女。


 いいなあ、いいな、いいな、ちょうどいい女。探していたのはこういう女。


 手元のアイスコーヒーは氷がほとんど解けてしまっているところを見ると、相当ここで粘っているのだ。収穫なしってところか……。


 一度見たら忘れない姿。要するに、超やぼったい姿。涼は、目頭を押さえ、また一口コーヒーを口に入れた。


 舞は、最近ここでパソコンを見るのが日課になっている。八雲舞(19歳)が会社を辞めたのは一か月前。上司のいじめにあい、勤めていた会社を辞めてからは、ずっとこのコーヒーショップでパソコンの画面を見ながら仕事探しをしていた。


 だが、どんな職種が自分に合っているのかも、本当のところ分からなかった。だから見つからないのかなあ、と首をかしげる。会社情報をみても、いまひとつピンとこないし、こちらがぴんと来ても、あちらがぴんと来てくれない。だから、最近昼間こうしてコーヒーショップにいることが多い。


 パソコンの画面を見すぎて目が疲れると、顔を上げぐるぐると首を回し、ふ~っとため息をつく。誰が見ても楽しそうには見えない。


「お嬢さん、何かお困り何ですか。先ほどかため息ばかりついて」


 舞は焦った。傍から見ても、いかにも困ってるように見えてしまったのだ。


「まあ、いろいろありまして」

 

 職探しをしているのは一目瞭然。パソコンに表示されているのは求人欄だ。


 すかさず高坂進はいった。


「もしご興味があれば、こちらをご覧ください」


 とタイミングよく。名刺と案内のチラシを差し出す。名刺には、リクリエート社、広報担当、高坂進(こうさかすすむ)と書かれていた。


「へえ、就活合宿……聞いたことないわ」

「最近参加される方が多いいですよ」


「へえ、そんなところへ行って、就職できるのかしら」

 

 舞は、身構える。変な勧誘だったら、即刻断るべきだ。今の世の中、勧誘などしてくるものにろくなものはないことぐらいわかっている。


「三か月間の合宿で、基本的なマナーからパソコンや語学などの実技の実習を行い、自信をもって就職できるようにして差し上げます。三か月後には、自分とは思えないほど見違えるようになっていますよ。名だたる講師があなたを立派な社会人にして差し上げるのですから」


 調子のいい誘い文句ねえ。でも面白そう。もう少し詳しく聞いてみようかしら。


「へえ、三か月の合宿ねえ。それ、どこかの専門学校で運営してるの。料金はいくらぐらいかかるの。それから、どこへ行くの」

「まあ、まあ、落ち着いてください。一つ一つお答えしますから」


 と、懇切丁寧に説明をされ、説明が終わるころには、舞はすっかり行きたくなっていた。

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