第31話 愛の告白は自然に

 彼との仲は進展することはないだろうと確信し、舞は部屋へ戻った。


 翌日神崎の所へ行き、訊いてみると。


「神崎さん、斑鳩さんは本当にずっといらっしゃるつもりなんでしょうか?」

「んん……さあ、どうなんだろうな。僕にもよくわからないんだ。彼は結構気まぐれなところもあれば、計算高いところもあるから」

「確かに。だけど、宿泊者の人数がわからないとなにかと困りますよね、食費とかシーツのクリーニングとか、秘書としては細かいことが気になります」

「ああ、そのことね。一人分ぐらい増えたって、大した金額じゃないから、君が気にすることはないよ。その辺は僕が把握してるし、彼ちゃんとお金は払うつもりらしいから」

「そうですね、お金はありますからね」


 神崎の部屋で会話したことだ。急に斑鳩のことが気になりだした舞には、一番の関心事だ。


 それ程気になるなら自分で訊いてみるといい、というのが神崎の答えだった。


 本人にはすでに訊いているが、はっきりしたことはわからないのだ。まあ、しばらくはここにとどまるつもりなのだろうと舞は再び誘惑を開始することにした。


「ねえ、斑鳩さん。まだここにいてくれるんですよね。私気になってるんですよ」


 斑鳩豪は照れ臭そうにしてから有頂天になり、もったいぶっていった。

「ふ~む、どうしようかな」


 すかさず甘える舞。

「できるだけ長~くいてくださいね。私一人でここにいるのは寂しいですから。なんせとっても辺鄙なところだから」


 舞は慣れない甘え声を出した。どうもしっくりこないが……。


 彼の部屋へきてすでに三日目だ。舞は思い切っていってみた。


「私、斑鳩さんのことが……斑鳩さんのことが……」

「僕のことが?」


 ごくりと唾をのむ。彼をぬいぐるみか何かと思いながらいった。


「とっても好きになったみたいなんです……」


 と愛の告白。いってしまってから、目を合わせたくなくなった。


 彼のたくましい腕が舞の両肩をガシッと掴んだ。


 次の行動が予想できるのだが、まだ顔を上げることができない……下を向いていると、舞の顎を指先で持ち上げた。ようやく顔を上げると彼の顔が間近に会った。


 いつにない真剣な面差し。


 おお、本気にしてる、本気にしてる。


「わかった、君の気持ちは。よ~く考えておこう」

「……え……そんな……」


 と宙ぶらりんになった好きという言葉がむなしく心に響く。


 斑鳩豪の方が一枚上手だった。誘惑しようと思ったことが見抜かれてしまったのか。


 わ~~~~! 私としたことが、今まで大切にとっておいた好きということば。言わなきゃよかった!


 これじゃあ、またしても私の方が不利な立場に立たされた。なんてことだ……斑鳩というのは、やっぱり思った通りの悪人だったか。


「だけど……少しだけなら」

「なに?」


 くっと持ち上げた顔に自分の顔を近づけ、唇をそっと舞の唇に乗せた。これが答えだったの! 


 唇は頬を滑りがら耳元へ……両手は背中からウェストのくびれへ移動し優しく撫で……声は甘く切なげに囁き……好きだって言ってくれたご褒美に……足の先から頭のてっぺんへと電流が走り抜ける……俺は意地悪な奴じゃないんだよ……ほら……とさらに耳元で囁く。初めての体験に体が反応する。自分の体ではないぐらい敏感に反応している。


 舞、危険なことをしているんじゃないの、大丈夫なの、右の方で良心が警鐘を鳴らすが、そうよその調子、あなたがしたかったのは彼への仕返しじゃないの!


 彼だって女性に優しくされれば、参ってしまうものなのよというもう一人の声が囁く。考える時間が必要だ。


「ああ……もっとそばにいたいけど、私そろそろ行かなきゃ」

「じゃ、また来てくれるだろう」

「約束ね」

「おお、約束、いいね」


 舞は彼の腕をそっと振りほどき廊下へ出た。

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