第39話・男

 石器技師の地位をアダムは失った。代わりに、その地位には今カナンがいる。そして、アダムは建築技師として活躍を続けたのだ。


「待て待て待て! スサ! なんでそれで穴を開けられる!?」


 その建築業には、チート労働力である素戔嗚すさのおが手を貸していた。


 普通穴を開ける方は大変だ。この時代であると、まずは溝を作り、そこに焼けた炭をいれて炭化させる。炭化した木材を砕いて、少しづつ開けるのだ。


 だが、素戔嗚すさのおはどうだ。無造作に木に指をねじ込んでしまうことができるのである。素手で石を割れる男神はレベルが違った。


 本来大人四人子供四人の群れは正気ではない。だが、こうも環境が揃うと話は別だった。


「要領はあの甘い実と変わらんぞ!」


 そう、ヤシの実に指で穴を開けられる素戔嗚すさのおだ。木材だって、簡単に穴を開けられる。今更驚くようなことでもないのだ。


「もう何も言うまい……」


 アダムはもはや、呆れて物も言えなかった。


「パパ! 穴掘った!」


 カナンはたまによくわからない石器を作る。だが、それはすぐに能力発揮の場面を得るのである。カインが使っているのは、微妙に螺旋状になった矢尻のような石器だった。


 使ってみると、この螺旋状というのがすごいのだ。回しているだけで、地面を勝手にグリグリと掘り進む。そう、原始的ドリルだったのである。


「この働き者め! 立派な英雄になるぞ! そこに、太めの木を差し込んでくれ!」


 アダムは大満足である。自分も働きながらもあっちにもこっちにも口を出す。

 カインもカナンもこの時代のサピエンスではありえないほどの教養を持つ者たちである。


「うん!」


 カインは木を持ってきて、なんとかそれを差し込もうと苦心する。だが、どうにも木が重すぎてうまくいかなかった。


「いいか、カイン。まずは先端を穴に引っ掛ける。そしたら、一旦下がって、木を上げながら穴に近づくんだ!」


 テコの原理でアダムはその木を立てたのだ。当然、そんな概念はない。だが、アダムは経験則でなんとなく理解し始めていた。


「パパやべー!」


 強さこそ正義の時代。巨木を穴に突き立てるアダムは非常に強そうに見える。


「カインもできるぞ! 次やってみろ!」


 だが、単に知恵を使っただけである。アダムの戦闘力エゼムの群れと比べると、平均的である。ただ、今はそこにカナンの二酸化ケイ素系石器が加わった。


「うん!」


 カインはそう言って、次の穴掘りに取り掛かった。

 今は肉を干す棚を作っているのだ。うんていのような棚に、肉をぶら下げて乾かす。そうすれば、ジャーキーが出来上がるのである。


「組木の準備が終わったからそっちに混ぜてくれ!」


 素戔嗚すさのおは作業が早かった。なにせ剛力無双の癖に案外器用なのだ。これほど最高の労働者は居ない。一人居ればあっという間に、家が建つだろうと思われた。


「頼んだ!」


 アダムが言うと、素戔嗚すさのおはおもむろに丸太を持ち上げる。そして、今建っている柱を慎重に見定めてから……。


「おりゃ!!」


 それを、力任せに地面に突き刺したのである。まるで枝でも刺すように。


「すげええええええええええええええええ!」


 カインはびっくりした。なにせ、父アダムですらできないようなことをいとも簡単にやってのけたのだ。


「カイン、いいか? あれは、俺も無理!」


 それは、神の御技である。どうあがいても、人間の膂力ではそれに到達できない。


「そっか……」


 でも、男の子としてそれを目指さねば気がすまないカインであった。

 カインは、そんなことをしつつも自分の作業を進めていた。空いた穴に、木を建てようとした。


 この時代、サピエンスが使える木材はあまり太いものではない。柱の本数を増やして、なんとか強度を確保するのである。

 だが、流石にカインはまだ四歳児。その小さな体では、まだ無理だったのである。


「っと、あぶねぇ……。もう少し、でかくなってからだな!」


 苦戦し、よろけたカインを素戔嗚すさのおは目にも止まらぬ速さで助けた。

 男親はここが問題だ。子供の膂力をついつい過大評価してしまう。強くあって欲しいという、願いがあるからである。


「うぅ……」


 残念そうに俯くカイン。


「心配すんな! お前は多分、アダムよりでかくなる!」


 素戔嗚すさのおはそう言って、カインの頭を少しだけ乱暴になでた。

 当然のことである。栄養状態が全く違うのだ。アダムの幼少期はエゼム基準の栄養状態。だが、カインは食い倒れツアー基準だ。各種栄養素が十分以上に摂取できている。その上、原始時代だから運動量もばっちりである。ムキムキになる可能性が高いのだ。


「ほんと!?」


 カインはその言葉に希望を抱いた。いつか父のように、素戔嗚のように、立派な男になってみせるぞと。

 この時代、男には二つの意味があった。一つ、身体的性別としての男。二つ、群れを支える力を持つ者意味する男だ。どちらも得てして大切である。


「あぁ!」


 素戔嗚すさのおは自信満々に言い放つが、アダムはそれを否定した。


「いや、カインはもう立派に男だよ!」


 そう、建築設計士として、あるいは食糧生産者として、既に群れを支えている。好奇心旺盛で、見たもの全てを学んでいく。もう十分なのだ。なのに、先に踏み込む。


「カインはこれから男になるんじゃない。もう男で、英雄になるんだ!」


 アダムは言い切った。カインという存在が未来永劫子々孫々に至る繁栄の種であると確信しているのだ。


「ハハハ! 言われてみりゃそうだ! こりゃ、うまいこと言われちまった!」


 なんだったら、妹であるカナンですら、力を持つ者という意味では男である。石器技師など、この時代は超モテモテである。ただ、エゼムだったら二人共先進的すぎただろう。

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