第37話・原始生活

 それから、それぞれが作業に一斉に着手した。アベルとアメナの二人組はエヴァを中心に、手の空いたものが持ち回りで面倒を見ていた。


 原子共産主義の最も良い点は、家族という境界が存在しないところにある。手の空いているものは常に保育士であり、主婦である。故に、仕事にあぶれた先にも仕事があり、役割の確保の難易度は全くのゼロである。


 だが、特にブラック企業的でもないのだ。そもそも生物というのは、ひとつのこと集中しすぎると生存率が著しく低下する。そのために、時折作業中の者も保育や環境保全に努める者をチラチラと見るのだ。


 何よりも、本当にアットホームである。なにせ家族の境界がなければ、群れそのものが一つの家族である。特別愛想の悪い人物は居らず、全員が協力的なのである。


 理想的ではあるが、悪い点ももちろんあった。共産主義なのだ。要するに誰か一人が特別に頑張ったところで、その者は損をする。全員が全員頑張っているうちはいいが、誰かが怠けてそれを誰かが感じた瞬間に崩壊するのである。


「スサ! 無理やり割れない!?」


 カナンは叫ぶように訊ねる。無理やり力で割るのであれば、望んだ場所で割ることができるのではないかと考えたのだ。それはまるで、小枝でも手折るかのように。


「おう、どこで割る!?」


 訊ねる相手は大正解。怪力無双、後の英雄神にとってはこれほど簡単なこともないのである。


「まず半分!」


 カナンが言うと、すぐにバリンと豪快な音が鳴り響いた。


「こうだな」


 素戔嗚すさのおは言われてすぐに割ったのである。とはいえ、相手はクオーツ、二酸化ケイ素が主成分の石である。素直には割れてくれなかったのだ。

 剥離片がいくつか飛び散り、中には原石にくっついたままのものすらあった。

 だが、カナンにとってそれが大発見につながったのだ。


「薄い!」


 光にかざすと、その全てが透過してくるほどに薄い部分が存在する剥離片があった。カナンはそれを拾い上げると、鋭いという確信を得た。

 この時代の人類などそんなもんである。薄いイコール鋭い。そして、鋭さは大正義だったのだ。


「お、おう……こっちには興味ないのか?」


 真っ二つに割った石は、その段階では放置されてしまった。素戔嗚すさのおはせっかく割ったのにと、少し切ない気持ちになってしまった。


「今はこっち! 何か切ってもいいもの!」


 カナンは、完全に職人だった。検証を優先し、ほかのすべてを後回しにした結果、態度がぶっきらぼうになったのだ。これだから職人は偏屈と思われがちだ。違うのだ、彼らは夢中で楽しんでいる最中である。


「んじゃ、これな!」


 そう言って、素戔嗚すさのおはそこらへんでむしった草を手渡した。

 固定などせず、カナンはそれを細石刃で撫でるようにしたのである。ただそれだけで、その草はさっくりと両断されてしまった。

 二酸化ケイ素を主成分とする石から作られた細石刃は、メスより鋭いのだ。現代で使われていない理由は、切れ味がすぐに落ちるから。それ以外の理由はない。人類史で最も鋭い刃である。


「ひえっ!」


 素戔嗚すさのおは戦慄した。こんなもの、指にでも触れようものならいっしゅんで切れてしまうと思ったのだ。


「おぉー! おんなじのをたくさん作れれば……」


 カナンの試行錯誤はまだ始まったばかりである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その頃、アダムは木材の調達に奔走していた。カインのためである。木製花壇に高床式倉庫、それから肉を干す棚など作らなくてはいけないものはたくさんあった。


「カイン! 倒すぞー!」


 声をかけ、カインとはま逆の方向に木を蹴り飛ばす。この時代、木を切断するのには、一本あたり10分程を要した。これは、熟練の技を持ったアダムでもこの有様である。


「パパつえー!」


 カインはというと、自分の背よりもはるかに巨大な木を切り倒すアダムに尊敬の念が耐えなかった。


「ハハハハ! だろ!?」


 我が子にこうも褒められては、アダムも鼻高々である。

 原始人は逞しいのだ。


「なぁ、どうやんの!? 俺にも教えてよ!」


 すっかり興奮気味のカイン。農業のためには開拓が必要だ。それをどこか理解しているのか、開拓作業にもとても前向きであった。


「よし、じゃあ持ってみろ!」


 アダムは石斧をカインに渡した。なお、その石斧は素戔嗚すさのお謹製の、手割り石斧である。そう、素戔嗚すさのおが手で石を割って、その後ゴリゴリと石を磨いてできたものだ。切れ味はもはやオーパーツだ。


「おぉ! 重い!」


 まだ体の小さなカインには、少し重かった。


「その重さが大事なんだ。ちょっと、振ってみろ!」


 アダムは細心の注意は払いながらも、とりあえずやらせてみる。ダメならカイン用を素戔嗚すさのおに作ってもらおうと思っていた。


「おぉ……おぉう!」


 カインは振って、なんとか木に命中させるが、むしろ斧に振り回されてしまっていた。


「まだダメだな……少し、大きくなってからだ!」


 アダムは言葉足らずだった。


「そっかぁ……」


 だから、カインを落ち込ませてしまった。

 一瞬考え込んで、自分が悪かったのだと理解した。


「あー、悪い。その斧はってだけだ! 帰ったら、スサにカインの斧を作ってもらおう!」

 こうして、父親から子へ、斧はプレゼントの定番となったのだ。

 アダムは、切った丸太に紐をくくりつける。この時代は長い丸太は、基本的に引きずって持ち帰るのである。なにせ、重機がないのであるから。


「カインも手伝ってくれ! 将来でっかい斧を持つための訓練にもなる!」


 アダムはそう言って、カインのモチベーションを引きずり出した。


「うん!」


 アダムのせいで、モチベーションが上がっているカインは素直に聞く。二人で紐を引いて、彼らの拠点予定地を目指したのであった。

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