第17話・アダム・アーキテクト

 この当時の人類は、一日に八時間が活動限界である。いくら火を使うようになって、少し体質が改善してといっても、肉体構造自体に変化はまだない。

 そもそも火を使うようになっただけで、活動時間は二時間伸びたのだ。人類にとってとてつもない革命の灯火と言える。


「よし、まぁ、道具作るか!」


 食事が終わると、もう日は暮れていた。西日に照らされて、砂漠のど真ん中で素戔嗚すさのおは言った。

 既にアダムとエヴァは毛皮の服を着ている。それでも、砂漠の夜の風にさらされるのは辛いものがあるだろう。そんな風に思ったのである。


道具どうぐ!?」


 アダムは目を輝かせた。


「聞いて驚け! 洞窟そのものを作っちまうんだ!」


 それは、ネアンデルタール人の発想だ。ネアンデルタール人はこの時代に家屋にまでたどり着いていたのだ。サピエンスよりも脳の容量が大きいだけあった。

 ネアンデルタールの脳容量は1550MLミリリットルである。対し、サピエンスは1450MLミリリットルだ。加えて肉体も強い。完全にただある一点を除いてネアンデルタールこそ、最強の人類だったのである。


「なんだって!!??」


 一番に反応を示したのはアダムである。原初の現場監督にとって垂涎すいぜんの技術だ。

 ただ、エヴァだって興味がないわけではない。素戔嗚すさのおが無言の圧を感じるほどに、穴が開くほどに見つめていた。


「ま、簡素なやつだけどな!」


 と、素戔嗚尊すさのおが言った時である。


「うおーん!!」


 狼の声が響き渡った。

 この時は、神の身体能力が凄まじく頼もしかった。それに、どうせ宇迦之御魂うかのみたまの友達のあの狼だろう。そんな風に、二人は考えたのである。


「来るぞぉ!」


 宇迦之御魂うかのみたまは愉快そうに言った。驚くだろうと思って、にやけているのである。

 ドドドと音が聞こえてくる。砂埃が巻き上がっている。


「なんだありゃ!!??」

「すっごおおおお!!!」


 見れば、白銀の大狼が木の山を引きずって走ってくるのだ。

 これが、この時代の神の発明品。ソリである。蛇の腹から着想を得た、暇にあかして作ったなめらかな木を底に敷いたのである。そしてその上に、何でもかんでも積み上げて紐で縛る。必要がないだけに、科学に手を付けるのが遅れた神々だが、今怒涛の追い上げだ。


「ハハハハハ! いい反応だ! なかなかあたしらもやるもんだろ?」


 宇迦之御魂うかのみたまは、ものづくりで初めて人類に並んだ気がした。だが、人類は当然そんなこと思うわけない。


「いやいやいや! すごいって! やばいって!」

「食べ物に、道具に……私たちの仕事……」


 完膚なきまでに叩きつけられたのである。神々の万能さ加減を。だが、それは数も多いからである。

 それに食べ物を作れると言っても、とにかく時間をかけていろいろな環境を作っていった結果だ。自然交配の総当りに、気の遠くなるような突然変異待ち。神だからできることである。


「いんや、あんたらが発想をくれたんだ!」


 と、宇迦之御魂うかのみたまは人類をほめたたえた。人類は、この時代の便利先進種族群である。


「でもさでもさ! 凄すぎるよ!」


 エヴァも興奮気味に宇迦之御魂うかのみたまをたたえた。

 お互いにたたえ合えるのが一番である。


「ウカ! こいつら大好きだ!」


 だから、素戔嗚すさのおはそう思ったのである。


「やらないよ!」


 と、宇迦之御魂うかのみたまはにやりと笑って返した。


「なぁ、その道具。あの道具の上に作れないか?」


 ふと、アダムがそんなことを言い出した。

 一瞬あたりは静まり返り、その姿を想像した。


「「「それだ!!!」」」


 一同アダムを指差して言った。それはどう考えても便利なのである。いちいち組み立てたり、分解したりが必要ない。移動家屋が発想された。

 宇迦之御魂うかのみたまといるせいか、アダムは発想がオーパーツなのだ。


「家ごと移動させるたァ、驚いた!」


 素戔嗚すさのおをうならせる発想だった。そして素戔嗚すさのおはそれに関連して、高天ヶ原たかまがはらにもいろいろと作れないかと考えた。全ては、猿田彦さるたひこと合流した時のためである。


「たまらないね! こんな発想が出てくる! アダム、エヴァ! いつか、お前たちも私たちの国に来い!」


 宇迦之御魂うかのみたまはどうにもアダムが欲しくてたまらなかった。


「是非、行きたいなぁ……」


 その意味をアダムはまだ知らない。


「そりゃいい! 来いよ! って、言いたいが、ちょっと待ってくれ。父親との因縁が……まだ……な」


 素戔嗚すさのおは大歓迎のつもりだったが、ふと伊邪那岐いざなぎのことを思い出して手放しで歓迎できなくなった。素戔嗚すさのおにとって伊邪那岐いざなぎはあまり誇れない父親なのである。

 狼が三人のところまで来て、ソリを止めた。サピエンス初めての、壁のある家の建築が始まったのである。

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