第21話・コンタクト

 やがて、素戔嗚すさのおも帰ってきて思いのほか蛇たちが集まりすぎていたことに驚いた。

 素戔嗚すさのおが持ってきたのは、デーツと言う日本ではあまり馴染みのない果実の原種だった。栄養価が高く、これでもかと人間の必要な栄養素を詰め込まれた宇迦之御魂うかのみたまの実用面の傑作だ。

 旅は雑談とともに続いた。ソリの家は改造され、御者席のような部分が増築された。エヴァはそこに座っている。


「二人共本当にありがとう! 美味しかった!」


 家ソリを引く二柱は、この頃巨人の姿でいた。力を出すために、大きな姿なのである。


「まだあるよ! 欲しくなったら、いつでも言いな!」


 宇迦之御魂うかのみたまも実際に妊娠したわけではない。こうするべきとまでは言えないのである。だが、多少は分かる。なにせ、女神なのだ。それに、イヌ科の産婆としては経験豊富である。


「うん! ありがとう!」


 エヴァにとって、これほどありがたい話もそうそうない。元気な子供を産める、そんな気がしたのである。


「あっ……」


 急にエヴァが声を上げた。


「どした?」


 アダムがエヴァに注ぐ愛情と、二柱の神が注ぐ愛情は種類が少し違った。


「あのね、お腹が動いたの!」


 妊娠四ヶ月。この頃から、胎児は動き始める。エヴァはそれを感じたのである。


「おぉ! いつ、生まれるか……楽しみだ!」


 アダムも早く我が子を抱きたくてたまらないのである。

 一応、ソリはアダムも引いているが、全く戦力になっていない。ほぼ宇迦之御魂うかのみたま素戔嗚すさのおが動力源である。


「わんぱくかぁ? 俺はそうだと嬉しい!」


 宇迦之御魂うかのみたまは幼い頃、わんぱく娘であった。そこで子煩悩をこじらせた素戔嗚すさのおは、わんぱくな子供が大好きである。


「一気に、何人も生まれるかも知れないよ!」


 と、宇迦之御魂うかのみたまは笑った。

 イヌ科は5から10も一気に生まれる。人間でそんなことになったら大変だ。人間の脳は出産までに300MLを超える。五人も居れば、それだけで容量いっぱいだ。


「初めてだからなぁ……大丈夫かなぁ……」


 そんな何人も、ちゃんと産めるのかエヴァは不安になった。


「大丈夫、群れで三人以上一気に生まれたことはないだろ!」


 それで、アダムはエヴァを励ましたつもりだった。だが、三人でもエヴァはプレッシャーだった。


「あぁ、すまないね。あんたらは基本的に一度で一人か!」


 宇迦之御魂うかのみたまは人間の出産に立ち会うのは、今回が初めてのことになるだろうと思っていた。


「うん! ウカ、基本は一人だ!」


 アダムは断言する。基本一人でたまに二人、さらにごくごく稀に三人である。この時の人類は、三つ子以上は伝説の存在だった。

 現代では10つ子までが確認されている。人体はまさに神秘である。


「俺んところじゃ、すげえバラつくぞ! 一度に17も卵産む奴がいる! つっても、卵だからな……」


 蛇は3から17である。あの細い体のどこに、それほど卵が詰まっているのか、素戔嗚すさのおは不思議で仕方が無かった。


「17!?」


 エヴァはその圧倒的な数を聞いて、母蛇に尊敬を感じたのであった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 やがてオアシスに差し掛かる。暑くてたまらないこの砂漠で、最高の癒しの空間だ。

 これまでは基本的に、素戔嗚すさのおがオアシスを避けていた。そこにネアンデルタールの群れが定住していることも少なくないからだ。

 素戔嗚すさのおの記憶で、ネアンデルタールが定住していないオアシスを選んだつもりだったのである。


『ここは我らの水辺! 知らぬ者よ! 何故参った!?』


 だが、そこにはネアンデルタールの新しい群れが出来ていた。言葉は、ネアンデルタール中東公用語とでも言おうか。中東のネアンデルタール人が一般的に使う言葉であった。


「なんて言ってるの!?」


 エヴァは不安ながらも少し、身を乗り出す。


「まぁ、ちょっと交渉してくる!」


 そう言って、素戔嗚すさのおが進んだ。


 小さな群れだった。この群れには、食人の文化がまだない。食人の文化が生まれる群れには、傾向があるのだ。そして、その傾向をもつネアンデルタールの群れの方が圧倒的に多い。群れの最大規模150を超えるか超えないかの群れである。


巨躯きょくよ! 汝に問おう。目的は、侵略か? それとも否か!』


 そのネアンデルタールの群れは少しおかしかった。年長者が居ない。そして、子供もいなかった。


『否だな。水を飲んで、少し休んだら出ていこうと思った』


 巨躯きょく素戔嗚すさのおのことだった。巨人の姿で、ソリを引いていたのだ。

 ネアンデルタールが彼らに話しかけていたのは、少し自分たちと姿が似ていたからだ。言葉が通じる可能性を考えたのだ。


『ならば、この水辺にいる限り食人は控えてもらおう! 我らはそれを嫌い、逃げ延びた民である!』


 素戔嗚すさのおは驚いた。この群れは、未来永劫食人をしない可能性がある。そうなのであれば、素戔嗚すさのおにとって好きになれる可能性のある群れだった。


『心配いらない。俺たちも、それが怖いんだ』


 だから素戔嗚すさのおはネアンデルタールという種族そのものを嫌っていた。

 ネアンデルタールは考え込んだ。それが果たして本当か、否か。


『信ずる証拠はない。だが、見せぬ限り隣人として歓迎しよう!』


 これが、ネアンデルタールである。まずは疑ってみる。立証を持って、それを信じる。故に、立証されない限り試すことすらないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る