第20話・蛇語話者

 帰ってきた宇迦之御魂うかのみたまは困惑した。そこはもう、蛇だらけだったのである。


「なんだい? この状況……」


 エヴァの周りに築かれた難攻不落の蛇の砦。それは、周囲の暇な蛇たちの社交の場にすらなっていた。


スススー敵か!?」


 宇迦之御魂うかのみたまは警戒されて困ったので、蛇に変身することにした。

 素戔嗚すさのおと二人でこのサハラ砂漠までは来た。そして、宇迦之御魂うかのみたまだけが先に進んだのである。それに、ちょくちょく宇迦之御魂うかのみたまもいろいろなところへ行っている。当然ここにも。

 宇迦之御魂うかのみたまの蛇の姿を見たその蛇は言った。


スサー娘っ子じゃねえか!」


 そう、宇迦之御魂うかのみたまの蛇としての姿は、この一帯で素戔嗚すさのおの娘として知っている蛇が多いのだ。


スサー! スサー!もしかして、エヴァを守ってくれたのかい?

スーススー!そうそう。主に言われてね


 と、会話しながら、その蛇と宇迦之御魂うかのみたまはエヴァの方へと向かった。

 それをエヴァの方から見ると、すごい光景だった。


「蛇の海が割れてる!!」


 ところがどっこい、アダムは気が気でなかった。多く集まると、中には変な人間も現れる。それは、エゼムの地で痛いほど身に染みていた。これだけ蛇がいると、中にはそんな蛇もいるのではと思ってしまっていた。

 なんとか刺激しないようにと考えると、もう発言ができない状態である。


 その割れた蛇の群れの中を宇迦之御魂うかのみたまはエヴァのところまでたどり着いて、人の姿に戻った。


「待たせたね! これなら、食えるかと思って持ってきたよ!」


 と、ゴロゴロと果物を取り出したのである。

 主に柑橘系だ。妊婦というのは感染症などは致命的である。酸味をもつ食べ物は感染の予防になるものが多い。よって、すっぱいものが欲しくなるのだ。


「うわー! オレンジだ!」


 だから、エヴァは喜んだのである。味を想像すれば、今欲しい物ばかり。やはり、宇迦之御魂うかのみたまの知識はとてつもないと思った。


「んで、アダムはやたらビビってるけど?」


 宇迦之御魂うかのみたまは、エヴァにオレンジを渡しながら訊ねた。もちろん原種だ。現代のオレンジとは少し違う。


「あー、あんまりたくさんだと怖いんだって。みんなスサの声聞いてきた子だから、大丈夫だと思うんだけどなぁ」


 エヴァは全く警戒していなかった。素戔嗚すさのお宇迦之御魂うかのみたまも、なんだかんだ面倒を見てくれる。殺すつもりならいつでも殺せるから、そうしないということはそのつもりがないと理解していた。

 オレンジを剥きながらの回答である。


「そうだねぇ、悪い子はいないだろうさ!」


 宇迦之御魂うかのみたまはそう言って笑った。


「ウカ……本当に、大丈夫か?」


 宇迦之御魂うかのみたまが帰ってきて、いざとなれば守ってもらえる気がするアダムはほんの少しだけ警戒を緩めた。


「お前生きてるじゃないか。スースサー!」


 と、人間の口で無理やり蛇の言葉を真似て、一匹の蛇を呼び出した。

 出せるかと思い試してみると、できちゃったのである。


ススー?あれ? 蛇語話せるの?


 さっきまで蛇だったことを、蛇たちは覚えていない。記憶力は少し低いのだ。ただ、繰り返し見たことはなんとか記憶できる。蛇は、そんな程度の記憶力である。

 宇迦之御魂うかのみたまの身体を蛇はよじ登ってきた。そして、肩に乗ってチロチロと舌を出している。


「コイツに噛まれると、血が止まらなくなる。しかも、噛まれた周囲から腐るおまけ付きだ。まず死ぬだろ?」


 その蛇はパフアダーという蛇の原種である。噛まれると腐ることから、クサリヘビと呼ばれる種類だ。


「ひぃ!?」


 アダムは聞くからに恐ろしいその毒に恐れおののいた。


ススー!?やるか!?


 その大声が怖くて威嚇態勢に入ってしまう蛇。


スサー!あんたの武勇に慄いただけさ


 と、説明する宇迦之御魂うかのみたま


「んー! さっぱり!」


 と、オレンジを食べるエヴァ。

 状況は混沌を極めていた。


スースー!そっか、仕方ない


 ただ、蛇は臆病だが案外理知的だ。自分より大きな相手に襲いかかるのは、やらなければやられると思った時だけである。


「この子も噛んでないんだから、怖がらないでおやりよ」


 と、アダムを宇迦之御魂うかのみたまはなだめたのである。


「そっか、確かにそのつもりならいつでも殺せたのか……。ごめん」


 それを、蛇に対して通訳したあと、宇迦之御魂うかのみたまは言った。


「しかし人間の口って本当に便利だ! カタコトにはなるけど、蛇の言葉まで話せる」


 人間の口は訓練で、本当にいろいろな音を出せるようになる。その万能さに驚いた宇迦之御魂うかのみたまである。


「じゃあ、もしかして俺も!?」


 アダムは、言葉が通じれば今回のようなすれ違いもないだろうと思った。


「できるかもねぇ」


 と、宇迦之御魂うかのみたまが言うと、アダムは決意した。必ず蛇語を覚えるのだと。


「え!? 私も!」


 もちろん、エヴァが蛇語に興味を示さないわけがなかった。

 そして、宇迦之御魂うかのみたまの蛇語講座が始まるのである。

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