第22話・上位互換

 そのネアンデルタールの群れの食事は質素だった。

 この時代のネアンデルタールはサピエンスよりも発展していて、火を使うようになるより前に原始的な農作を始めていた。耕したり、肥料を使ったりすることのない、ただ植えるだけの農業。だが、この群れにはまだそれがなかった。


巨躯きょくよ、駱駝らくだの肉だ。蓄えが少しある、分けよう。人を食われてはたまらん』


 食べ物は中型動物と、採取した植物である。

 だが……。


『ヤシは食わないのか? かなりうまいが……』


 この群れの石器技術は著しく下がっていた。


『元の群れでは食した。だが、我々はまだ穴を開けられる道具にたどり着いていない』


 この時代の石器技師は、現代の科学者のようなもの。知識が豊富で、分析に長けた者たちだ。社会階級が高く、間違っても人肉を食する側に分類される。


『俺が開けられる。肉の礼として、受け取るのはどうだ?』


 ネアンデルタールにとっても、高カロリーのそれは最高の飲料だ。

 彼らはサピエンスよりも脳が大きい。よって、一日の必要カロリーも高いのだ。


『願ってもないことだ』


 ネアンデルタールはそれを受け入れた。

 この頃アダムとエヴァはネアンデルタールと素戔嗚すさのおの会話がわからなかった。だが、素戔嗚すさのおのやることだとすっかり信用していて、宇迦之御魂うかのみたまと雑談すら交わしていた。

 この頃、サピエンスには一つの言語しかなかった。そう、原始シュメール語である。


「ウカ! あの二人は何を話してるの?」


 エヴァは訊ねた。


「わかんないんだ。彼らの言葉を私は知らなくてねぇ……」


 宇迦之御魂うかのみたま素戔嗚すさのおによって、ネアンデルタールから遠ざけられていた。共食いを好んで行う種族に娘を近づけたい父親など居るはずも無いのである。


「大丈夫なのか!? あいつら、共食いするんだろ!?」


 アダムはそれが心配だ。姿の似ている自分たちも、食料として数えられている気がしてしまう。

 そんな時であった、驚嘆の声は当時のすべての人類の共通語である。


『うわ!?』


 それだけは、その場に居る誰もが理解できたのだ。


『大丈夫なのか? 巨躯よ……。急に小さくなって……』


 巨人のままではヤシの実に開ける穴が大きくなる。下手をすれば潰してしまうかもしれない。そう思った素戔嗚すさのおが元の大きさに戻ったのを、心配するネアンデルタールの驚嘆だった。


『大丈夫なことを証明してやろう! ほれ!』


 そう言って、素戔嗚すさのおはヤシの実に指をズブっと突き込んだ。


『あぁ、元気なのだな……』


 言っても信じない。だから、証明しなくてはならない。それがネアンデルタールの面倒なところだった。


『ハハハッ! こんな硬いのに穴を開けられるぐらい元気だ!』


 と、素戔嗚すさのおは胸を張ってみせた。

 だが、ネアンデルタールは慄いた。その力の強さに。ともすれば、自分の頭蓋だっていつでも指先で穴を開けることができてしまう相手と話していたのだと。


『す、すごいのだな……』


 その膂力りょりょくは、ネアンデルタールのさらに上位互換だ。

 ある一点を除いて、この時代の最強の人類は、同型のさらに強い生物を初めて見たのである。


『群れは何人だ? 全員分穴を開けてやる!』


 素戔嗚すさのおは笑って言うが、ネアンデルタールからしたら恐怖でしかない。万が一襲いかかって来たらと考えると、正確に申告できなかった。


『ご、5人だ』


 よって、ネアンデルタールは半分を申告する。


『よし! じゃあ5つな!』


 そのオアシスには、ヤシの木が複数生えていた。というより、一本しか生えないような小さなオアシスでは、定住は難しいのだ。

 素戔嗚すさのおは、ヤシの実を木から取り、そして次々と穴を開けた。


『す、凄まじい……』


 その膂力は、ネアンデルタールを戦慄させてあまりある。次々と穴を開けて、全く疲れる様子が無い。指が痛いなどという表情が、全く見えない。本当に、大した力ではないのだと思わされた。


『ハハハッ! 俺は、スサ・ナーガルって言うんだ! ナァ名前って言ってな、俺たちの群れは、自分を表すために一人一人がそれをもつ』


 素戔嗚すさのおは、自分の名前を告げた。この群れとならば、仲良くなれると思ったのだ。だから、次を期待して名前を覚えさせようとした。


『侵略者で無くて、本当に良かった……。偉大なる巨躯きょく、異人の長、スサ・ナーガルよ』


 だが、彼らはネアンデルタール。これは降伏の宣言を含んでいた。万に一つ、戦っても勝ち目がないと。だから、持てる語彙を総動員して称えた。どうか気をよくしてくれと。

 侵略者ではない、その証明は不可能だ。故にネアンデルタールは疑い続けるより他ない。


『おだてるなって。ほれ、群れの仲間に持って行ってやれ!』


 ただ、素戔嗚すさのおは穴を開けたヤシの実を持たせると、ネアンデルタールを簡単に返してしまった。

 これに、束の間の平穏を得た、ネアンデルタールであった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 という一連の流れを、エヴァに説明して素戔嗚すさのおは自分たちも食事を始めることにした。


「頑張れ! お前ならできる! 擦れ! 気持ちの問題だ! できるできるできる!」


 火起こし恒例の応援合戦の始まりである。


「うおおおおおおおおおお!」


 素戔嗚すさのおが、木の棒を抑えて応援し。そしてアダムが紐を左右に引いていた。

 ネアンデルタールが監視に来ていることなど、知る由もない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る