第7話・闇色の光

 少し時間が経過した。アフリカのサピエンスは誰しもが炎を扱えるようになった。これで、咀嚼の時間も、消化の時間も、これまでの九割程にまで短縮された。

 人類は飛躍の時を迎えたのだ。ここは現在のナイジェリアである。


「おっわ!? なんだこれ!?」


 宗教が起こるより前、霊長目れいちょうもくの群れには明確に限界が存在した。それが150人である。よって、アダムもエヴァもその150人という人数は見慣れている。具体的に数えられなくとも、大体このくらいの雰囲気といった感じで把握しているのだ。

 だからこそアダムは驚いた。そこには、倍ほども人がいたのだ。

 そして、その人々はアダムに向かって言う。


「「ウ・カ! ウ・カ! エゼム・ンクェ!」」


 原始の宗教、ウカ・ンクェ教。これが人類の群れの最大数を一気に拡張したのだ。

 当時の若者たちが使う文法はシュメール語と同じだ。彼らの歓声は、ウカという存在が我らにご馳走を振舞ったということを意味している。


「話、した! こいつら、来た! 群れ、大きくなった!」


 語彙というジェネレーションギャップは、人類史に常について回ったのだ。

 話しかけた彼は、芋を奪い取った彼である。それが、嬉しそうに話すのだ。


「すごい! これだけ人がいたらたくさんの食べ物を集められる! 食べきれないほど集められる!」


 それこそが文明である。

 食料に余剰が生まれ、その余剰は生活を豊かにするための、住環境の整備に当てられる。文化は暴走し、人の足並みが幸福へ向かう。

 ただの洞窟のパッとしない種族が、世界に覇を唱える。今はその、序章に過ぎない。


「アダム、ナァ名前を広めよう! そうしないと、今よりもっと誰が誰だか分かんなくなっちゃうよ……」


 エヴァは限界を感じていた。これ以上顔を覚えられないと。

 これまで150に少し届かないほどの群れ。便宜上アダムの群れとしよう。そのほとんどの顔をエヴァは覚えていた。

 雌性とは、観察と記憶の性なのだ。


「それは、いい考えだ! いや、良すぎる! さぁ、やろう! 君が初めてくれ!」


 アダムは名誉をエヴァに譲った。心の底から、興奮の熱に浮かされたかのように。

 うなづいて、エヴァは手を挙げる。


「私は、エヴァ! 遍く全ての命の声を聞く者! 未知を切り開く父、アダムと共に私は私を識別する!」


 そう言って、エヴァは手を下げて目線をアダムに送る。さぁ次はあなたの番と。


ア・ナァ・アダムこの声の源はアダムである! エヴァと共に、我らの先達、ウカの友である! 灯そう、未知を照らす光を!」


 そうして、原始、男は光の眷属となった。

 この時代の光は過酷である。太陽は灼熱を地へと伝えていた。炎と相まって、雄性は試練の象徴ともなった。


「「アダム! アダム!」」


 それでも人々は熱狂する。よって、試練の先に成長があるという思想が起こったのだ。


「「エヴァ! エヴァ!」」


 同時に闇は人々に癒しを与えていた。見えない恐怖はあれど、かと言って光の下は暑くてかなわなかったのだ。だから、人類には洞窟の闇が必要だったのだ。

 氷期から遠い間氷期。その気温は現代と比べるまでもなく灼熱だ。しかも、アフリカである。暑いこの地方に生まれたから人間は漆黒ハゲ猿なのだ。

 女神信仰と、男神信仰は同時に起こった。雌性の特性も、雄性の特性も、どちらも尊かった時代である。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 更に時は過ぎた。気づいたのは、彼らの住んでいる洞窟は余りにも小さかった。


「どうしたらいいかな!?」


 アダムはすぐにウカに相談する。もう、宇迦之御魂うかのみたまのことを全知全能だと思っている。


「また頼って……。未知を照らす父じゃなかったの?」


 イブは呆れ顔だった。

 だが、今回ばかりは宇迦之御魂うかのみたまに相談するのが正しい。


「アダム、これを見ろ!」


 それはアダムが最初に作ったひもきり式発火装置の回転棒を抑えていた、板だった。


「使いやすくなっていったと思ったけど、これって!!??」


 そう、ひもきり発火装置はまだ問題だらけだったのだ。抑え板には凹みがなく、事あるごとに外れる。それを無理に指で押さえるものだから、何回も怪我をした。


「そう、これのおかげで棒がずれなくなっていったんだ! この凹みが、結び目といっしょなんだよ!」


 組木の概念の発見である。

 手順はもう少しあった。類推して、いろいろなことを試した。

 木と木の間の狭いところに押し込めば固定されるだとか、様々なことを見つけていった。


「ウカ! これに葉っぱを乗せると、暗い場所が作れない?」


 そう、そしてイブによって屋根が考えられた。


「それを言おうと思ってたんだ。できるかい? アダム!」


 と、宇迦之御魂うかのみたまはアダムに目を向けて、その時点で答えを悟った。


「やるとも! こんなに大きな道具は初めてだ! ワクワクする!」


 家という概念はなかった。洞窟を伸ばす道具であると、考えられた。


「愚問だったね! さぁやろう! まずは三人でやってみて、うまくいったら次へ次へと人を増やす!」


 人類の文明が夜明けを迎えた。

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