第6話・アダムとエヴァ
「自分の
アダムはがっくりとうなだれていた。いいと思ったのに、それを自分の物に出来ず、歯がゆい気持ちだった。
「あたしは、食べ物を作るからウカ! あんたは、何を作った? ほら、直近で一緒に作ったろ? そんで、広めたじゃないか!」
そう、アダムは最近、サピエンスにひもぎり式発火装置を広めていった。
これは紀元前80万年頃の物語である。
サピエンスの炎の祖。だが当然、それは祖なのだ。名前のない、知識の及ばない地平に光を当てた最初のサピエンスなのだ。
「アレ、なんていうの?」
だから、サピエンスには炎という概念にまだ名前をつけていなかった。
「んー、それより、あんたがなんて言われたかじゃない?」
それも、アダムは困り果てていた。それはなんだと訊ねられて、答えることができなかったのだ。
「
それを聞いて、宇迦之御魂は笑った。これは、いい名前が付けられそうだと。
「未知なるものの
当時の人類の語彙は、現人類には想像できないほど少ない。
そんな言い回しは、超先進的だった。
その発想を与えたのは、サピエンス。イブだったというのに。
名前にするときに、発音を少し濁す。これが宇迦之御魂がアダムになまえをつけた時の発想だ。そう、ンクェが濁ってウカになった。神と人と、相互影響の時代の始まりである。
「アダム! アダム! それ、すごくいい!」
アダムは嬉しくなって、自分の名前を連呼した。
そんな時だった。イブが食べ物を集めてきたのである。
当時の食べ物。それは、木の実などの炭水化物と虫や小動物などのタンパク質だ。このうち虫と木の実は、主に女性の採集担当だった。なにせ、女性というのは現人類に至るまで観察力が凄まじい。動物ですらそうなのだ。見つけるのは、雌という属性を持つ生物の特殊能力だ。
「ウカ! 食べ物持ってきたの! いつももらってばっかりだから……」
イブはちょっと心苦しかったのだ。教えてもらって、食べ物をもらって、それなのに自分は何も返せていない。
「おおおお! くれるのかい!? いいのかい!?」
そんな、なんと可愛らしいことだろう。
このお返しというのは、イヌ科発祥の文化だ。大昔にサピエンスが取り込んだ文化である。信頼社会とお返しは、相性最高だ。
「うん! 少しだけどね……」
と、イブは困ったように笑った。
「私は嬉しいんだ! それでいいじゃないか!」
受け取った
「貴方はなにかお返ししたの?」
イブはアダムに問う。
便宜上のアダムは消えた。ここからは、彼の名『アダム』である。
「貴方じゃない、俺はアダムだ!」
アダムは堂々と宣言した。
「そ、こいつはアダム! 未知を照らす父さ!」
「アダム、いい名前! で、アダム。また、もらったみたいだけど?」
イブは結局ジト目だ。
またもらっておいてお返ししてないよこのダメ男。そんな目線である。
「うぐ……」
アダムはすっかり参ってしまった。
「でもいいなぁ、名前……」
イブは少しだけ羨ましかった。
「じゃあ、つけてやろうじゃないか!」
もう、分け与えられるものはなんでもという気分である。
「え!? 悪いよ……」
と、イブは固辞するが……。
「いいじゃないか! 減るもんじゃないし! それとも、私じゃ嫌かい?」
と、
「そんなことないよ! ウカの事は大好き!」
だから、イブは本心を言う。
「む!?」
アダムはそれに少しばかり嫉妬して、イブにジト目で見られた。
「私は、命の声を聞きます! これでア・バとしよう! クソッこの口は……」
相変わらず母音『エ』が苦手でどうしようもない
「ふふっ! アバ・エバ。どっちにしようかなぁ……」
イブもそれはすっかり
「二つ目にしてくれ……じゃないと、恥ずかしくて死にそうだ」
と、
「うん、じゃあエバ。私は、命の声を聞く者!」
直訳であれば、単に『私は聞く』である。語彙が少ないだけにそう表現するしかなかったのだ。
だが、
「ヴァだ! 濁そう!」
そう、発音を濁すのを慣例にしたかった。要するに、
「あ、そっか! じゃあ私はエヴァ!」
こうして、便宜上のイブも役割を終えた。
神と出会った最初のサピエンス。アダムとエヴァはこうして生まれたのである。
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