第14話・スサナーガ族

 どこまでも続く砂原、だが代わり映えのないものばかりではない。


「スススーサー!」


 素戔嗚すさのおとゆけばなおさらである。

 素戔嗚すさのおは砂漠の蛇たちの助言者でもあるのだ。人の姿なのに、何故だか蛇たちにバレる。素戔嗚すさのおが歩いていること。


「スー! スサー!?」


 だが、いつもお世話にと挨拶しようとした蛇はすぐに慌てた。素戔嗚すさのおだと思って出てきたのに、なんか違うのが居たのである。


「あ! スサナール族!」


 この当時、人間とそれ以外を区別する思想はなかった。よって、エヴァのこの発言は、今の我々が別人種を見たときの感覚に好奇心を追加したものに似ている。


「これ、すぐに近寄ったりしない! あいつに噛まれたら、死んじまうんだ!」


 宇迦之御魂うかのみたまはエヴァを掴んで止めた。砂漠の蛇は毒蛇が多い、有名なコブラ科に属する者すらいる。


「うえ!?」


 いきなり勢いを殺されてエヴァは変な声が出てしまった。もちろん蛇だって友情や愛情を感じたりする。むしろ、愛情に関しては結構深いのだ。蛇の子育てはかなり献身的である。


「よっ!」


 素戔嗚すさのおが煙をあげて蛇の姿に戻った。人の胴回りほどの身の太さを持つ、凶悪な蛇だ。


「スースー!?」


 ただ、この時代の蛇は言語力が高いが記憶力がよくない。“おっ! 主じゃん!”みたいな、軽いノリで素戔嗚すさのおに呼びかけた。


「スーサー!」


 素戔嗚すさのおは、蛇たちのことは気に入っている。共食いは、しないわけではないが、あまり好まない。加えて語彙が多く、コミュニケーションが取りやすい。更には、愛の深さは神からの好感度に直結している。


「ねえ、どんな話ししてるの?」


 エヴァは訊ねた。


「いや、怖いわ……」


 アダムはすっかり砂漠の生物に怯えていた。

 蛇の頭はさほど大きくない。噛まれたところで、死なないだろうとアダムは思っていた。だが、噛まれたら死ぬと聞いては震え上がらずにいられなかったのである。


「そうだね、通訳しよう!」


 素戔嗚すさのおと蛇の会話を宇迦之御魂うかのみたまが通訳することとなった。


『聞いてくれよ……うちの子がまた獲物をのどに詰まらせたんだ。だから大きいのはやめろって言ってるのに……』


 この蛇は現在育児中の母親である。割と子煩悩で、事あるごとに育児の愚痴を素戔嗚に吐いていた。


『いや! 噛めよ!』


 と、素戔嗚すさのおは言うが、蛇は咀嚼をしない。丸呑みが基本だ。だから、自分より小さな相手以外は基本的に食べない。


『それ、ずっとどうやるのかわからないのよ……』


 蛇が噛むと言ったら、獲物を仕留めるためである。噛んでちぎって食べるというのはよくわからない。


『うーん、そうなったらのどに詰まらせない方法がわからないなぁ。ところで、その子無事か?』


 好意的な種族の子供、それは素戔嗚すさのおにとっても心配で仕方のないことだ。


『無事、吐き出したよ!』


 ただ、この世界に敬語などという概念はどこにも存在しないが。それはそれで、フレンドリーで気兼ねがなかったのである。


『おぉ! 良かった! この調子でたっぷり増えろ!』


 子蛇もすべてが大人になれるわけではない。大人にしてやりたいが、自然は厳しいのである。


『ありがと! 主もおっきくなれよ!』


 蛇の母は基本的に肝っ玉母ちゃんである。


『いや、そろそろ遠慮したいんだが……。見ろこの体、うっかりお前たちを踏み潰したらどうする!?』


 ただ、貢物を貰うなら、定期的に脱皮のフリをして大きくならなくてはいけない。素戔嗚すさのおの一番の心配は、それである。


『砂に埋まって逃げればいい!』


 ただ、蛇は言う。際限なく大きくなれと。


『やばい怪物になっちまうだろ!?』


 神話に登場する蛇は、正体が素戔嗚すさのおであることが多い。


『あ、怪物って言えば、後ろのは何だ? 友達か? ここらへんの怖い奴らに似てるけど……』


 素戔嗚すさのおすら恐れる、ネアンデルタールが怖い奴らのことだった。彼らと蛇は戦争中だ。発端は、ネアンデルタールに追い回されて、怖くなって噛み殺してしまった蛇がいたことである。


『あ、そうそう。あいつらは、わけもなく追い回したりしないと思うぞ!』


 と、素戔嗚すさのおが笑うので、蛇はすっかり安心した。


『んじゃ、私の友達も同然だな!』


 と、そこまで言うと、蛇は先頭にいたエヴァに向かった。


「ま、先にスサ・ナーガと話したから大丈夫だね!」


 エヴァはその時“待て”を言い渡された、イヌようだった。

 そんな彼女に、宇迦之御魂うかのみたまからの“よし”が出たのである。


「じゃあ!」


 それなら、もう我慢しないと、エヴァは身を低くした。

 エヴァの友好関係を築く基本である。上から見下ろされるのが怖いのは、全生物共通なのだ。


「スースー!」


 蛇は、その身をエヴァに軽く絡めた。

 蛇のここが難しい。あんまり絡めすぎると、求愛になってしまう。


「エヴァ! それ以上は、ダメだ!」


 その寸前に、宇迦之御魂うかのみたまは止めた。

 蛇の文化を宇迦之御魂うかのみたまもかなり理解している。故に、後世に宇賀うが神と言う蛇の神としての解釈が生まれたのである。


「あ、はーい……」


 と、エヴァは蛇から手を離した。


「スースー!」


 蛇の言葉の意味は、エヴァにはまだわからなかった。


「なんて?」


 よって、宇迦之御魂うかのみたまに訊ねた。


「よろしくって感じだね!」


 こうして、エヴァと砂漠の蛇たちの交流が始まった。


「エヴァ、よく平気だね……」


 いつ殺されるかわからない相手と触れ合える、エヴァが勇敢すぎるとアダムは思うのである。


「でも、最高の触り心地だよ!」


 蛇というのは、本当に不思議な触り心地だった。

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