第13話・食い倒れツアー

 少し談笑をしてから、宇迦之御魂うかのみたまは言った。


「よし! 行くか! 父さん……スサの巣へ!」


 宇迦之御魂うかのみたまは満面の笑みであった。


「待て! 今気づいたんだ。その格好はやばい。アダムとエヴァが!」


 砂漠というのは、昼間は暑く夜は寒いのである。なんと、夜の砂漠はこの時代で気温が10度前後だ。これは人類がハゲ猿である限り、凍死の危険が有る温度である。

 逆に日中も問題だ。最高気温は50度にも達する。これではアダムとエヴァは蒸し焼きである。

 ただ、この時代のサピエンスはその全てがほぼ黒人である。人類は、黒人から始まったのである。故に、紫外線にも暑さにも多少は強い。と言っても限界はあるのだ。さすがの耐熱人類プライマル・ブラックもこの寒暖差には耐えかねるだろうと素戔嗚すさのおは二人を引き止めた。


「あ、そうなのかい? 確かに昼は灼熱、夜は極寒だけど……」


 その気持ちは、神にはわからない。なにせ、神はその50度と言う灼熱を不快程度にしか思わないのだ。なんなら、最終手段としてその場所に適した生物に変化することもできてしまう。


「まぁ、森に一旦引き返すぞ! ウカが植えたあの木の葉は大きくて、いいんじゃないか?」


 と、素戔嗚すさのおは言う。ついでに、木の葉というのは水分を含んでいる。降り注ぐ紫外線から肌を守り、尚且つ気化熱で多少涼しくできるだろう。それを、なんとなく素戔嗚すさのおは考えたのである。そう、当時そんな語彙はなかったのだ。


「えー……」


 飽くなき探究心に心を満たされていたアダムは不満げに……。


「文句言わないの! ウカのお父さんが言うんだから、生きていくのに大事なんだよ!」


 そんなアダムを、少し可愛らしく思ったエヴァは言った。


「気持ちはわかるぜ! でもな、長く冒険を続けるコツは準備だ!」


 と、素戔嗚すさのおはアダムにニカッと笑って返した。


「お、おぉ!」


 わかってくれるのだ、この大蛇は……。そんな風に、輝くアダムの瞳が素戔嗚すさのおをみた。

 これまでは、女性勢力が優勢だった。ここに来て、均衡したのである。


「うっきうきじゃないか!」


 でも、そんなアダムを喜ぶ理由が宇迦之御魂うかのみたまにはあった。連れ出してしまったこの旅に、是非とも希望を抱いて欲しかったのだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 森に戻ると、パンの木を見つけ、そして葉をいくつかもらった。


「これをどうするんだ? スサ!」


 アダムとスサは既に仲が良い。少年心が通じ合った、男の友情を結んでいた。


「いや、それでな、太陽から身体を隠すんだ! なんか、つなぎ合わせてな……」


 ネアンデルタールがそんなことをやっているのを素戔嗚すさのおは見ていた。だが、カニバリズムを目撃しては堪らないと、あまり目を向けていなかったのだ。


「つなぎ合わせるんだったら得意だ! 穴を開けて引っ掛けてもいい! 紐で結んでもいい!」


 と、アダムはそれぞれの手法をその場でやってみせた。穴を開けて引っ掛ける、それは組木からの発想だ。これがサピエンス初めての裁縫である。


「ねえ! 体の形に合わせたら? そしたらさ、抑えてなくても体に引っかかる!」


 と、その技法を見てエヴァが案を出した。そう、服の発想だ。


「ウカ!」


 素戔嗚すさのお宇迦之御魂うかのみたまに視線を送った。なんだこいつら、賢いぞと……。


「いや、父さんところのもこの程度の奴はいるんじゃないか?」


 富を象徴する娯楽として人間を育成して食べることができる。それは、どう考えてもサピエンス以上の先進文明である。


「いや、いるんだけど、あいつら怖くて……」


 さしもの英雄神素戔嗚すさのおも、流石に娯楽の共食いは直視できないのである。

 だから、心優しくて尚且つ賢いサピエンスがすっかりお気に入りになったのだ。


「あああああ!」


 アダムは急に気づいたように声を上げた。


「どうした!?」


 一目散に振り返ったのは素戔嗚すさのおだった。


「砂漠にいるあいだの食べ物のこと考えてない!」


 アダムはさっきの光景を思い出しながら、裁縫をしていた。


「あ、本当だ! どうしよう……」


 そして、その言葉に、エヴァまで顔が絶望に染まる。


「あっはっは! 考えてない訳無いだろ! それに、その服だけじゃ、夜は寒いぞ! 俺とウカ、あとウカに友達いたろ? 三人で何とかしてやっから!」


 素戔嗚すさのおは何だそんなことと、笑って答えた。

 その後ろから、宇迦之御魂うかのみたまがひょっこりと顔を出して言ったのである。


「いいかい? これは食道楽ツアーだ! 食べるに困らせやしないよ!」


 と……。

 そう、エゼムで居場所を失ったアダムとエヴァの旅はそれである。過酷な旅にさせるつもりはないのだ。


「未知の食べ物!」

「未知の場所!」


 それぞれが、探究心に際限なく着火され続ける。罪などない者たちの気安い旅が始まった。

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