アダム・トラベラー~楽園追放とか言われてるけど、本当は神々と食い倒れツアーしてただけだった件~

本埜 詩織

エデン、あるいはエゼムの地

第1話:神との遭遇

 人類は神がそれを見つけるより以前から居た。だが、神がそれを見つけたのは、神が植えた木の実を食べたことに起因する。

 名前なんていう文化は当時なかった。言葉すらまだ黎明期れいめいき。よって、便宜上べんぎじょう彼らにこう名乗らせよう。アダムとイブ。


「アダム、美味しい木の実を見つけたの! あなたもどう!?」


 イブは語りかける。彼らにはまだ婚姻の文化などはなかった。大勢の雄性ゆうせい※♂人間と雌性しせい※♀人間が集まって、気が向いた時に気が向いた相手同士で子を成す。そんな文化の中で効率的に数を増やしていったのだ。ワイルドハーレムとでも呼ぼう。そんな、文化形態だったのだ。

 そんな中でも、お気に入りというものは当然ある。イブにとってお気に入りはアダムであり、アダムにとってお気に入りはイブだった。故にイブはその木の実を、アダムに最初に紹介した。

 神々は当時の人間の言葉などわからない。他の言語を使っていたのだ。


「是非! でも、心苦しいな。私は美味しい食べ物を見つけられなかったよ!」


 とは言うが、アダムは人類において偉人だ。彼はサピエンスの紐の発明者である。

 文明の最初の一歩。その集団が文明に向かって歩き出せるか否か、それを分けるのは紐である。

 蔦を巻きつけ、原始的な結び目を作った最初の人こそアダムである。


「貴方は賢いじゃない! あなたのお気に入りでいたいの。努力ぐらいするわ!」


 イブは故に必死だった。自分も偉人である自覚を持たなかったからだ。

 イブは、食べられるものの発見者である。イブのおかげで、人類の食文化はとても多様化した。

 彼女は人以外と仲良くなる能力が高かった。他種の挨拶を瞬く間に理解するのだ。

 そして、他種の食べるものを見て、自分たちの食べるものを発見していったのだ。


「君だって……」


 当時、自制などというものはない。こうなれば数時間は言い合いだった。

 この頃はまだ火がない。人類は一日に10時間はダラダラと過ごしていたのだ。人というより、ほぼ猿である。

 咀嚼の時間が必要で、消化の時間が必要だ。火がない時代の人間の腸はとても長い。人類など、パッとしない種族だったのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 存分に言い合って、お互いがお互いの肉体の営みに一段落が付いてようやくアダムは動き出した。イブに連れられて行くと、そこには大きな果物をぶら下げた木があったのだ。そして、その根元に一匹の彼らには見たことのない生き物がいた。

 それは後に、宇迦之御魂うかのみたまと呼ばれる神だったのである。当時、名前などなかったが。

 イブはそれを見て、すぐに身をかがめた。


「怒らないでねー」


 そんなことを言いながら、近づいていく。


「イブ!?」


 アダムは驚いて、少し声を大きくしてしまった。


「しっ! 私、似た子の友達がいるから」


 イブは声を殺して、アダムに言った。


「わかった。任せるよ……」


 アダムはイブにそう言って、自分は何もしないことを決めたのだ。

 イブはそれに近づく。そして、ある程度寄ると、今度はそれの方から近づいてきたのだ。そして、鼻先をイブに向けて伸ばしてきた。

 イブはそれの鼻に自分の鼻をくっつけたのである。イヌ科の挨拶だ。

 これは、宇迦之御魂うかのみたまも少しイブに合わせたのだ。イヌ科の中には鼻先の挨拶を嫌うものもいる。だが、宇迦之御魂うかのみたまは神である。普通のイヌ科などと比べようはずもなく、寛大である。

 むしろ宇迦之御魂うかのみたまは感心していた。こちらの挨拶に合わせるかこの種は……と。故に、少し気になり始めた。


「それが食べたいの……」


 イブは言うも、宇迦之御魂うかのみたまには通じない。まだ人間語の原型、断片しか形を成していないシュメール語を理解していないのだ。

 ただ、宇迦之御魂うかのみたまは言語を持っているという気がした。とりあえず……で、宇迦之御魂うかのみたまは身を低くして身体を振った。


「いいみたい!」


 それは、イブの理解するところの敵意なしだったのだ。そう、イブはこの時代のマルチリンガル。音声言語は扱えないものの、ボディーランゲージはかなりの種を獲得している。


「イブはすごいな……」


 自分にはできないことをするイブを、アダムは驚いた目で見ていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それから、イブはアダムに果物を渡した。クワ科、パンの木の原種の果実である。


「イブ、これは美味しい! すごいぞ!」


 そんなようなことを表現した。

 その間も、宇迦之御魂うかのみたまはずっとアダムとイブを観察していたのである。


「でしょ!? 美味しいでしょ!」


 当時の人類はほぼ猿だ。炭水化物に勝る栄養などない。そんな二人組が、現代ですら主食の可能性を示唆される高カロリーのパンの実を食べたのだ。それは、革命的な美味に感じたのである。

 これをよしと思わなかったのが、宇迦之御魂うかのみたまだった。なぜこんなにも喜ぶのかと首をかしげた。もっと美味しい木の実は宇迦之御魂うかのみたまにとってはたくさんあったのだ。

 それから、宇迦之御魂うかのみたまはアダムとイブの二人にとことん付きまとった。彼らの言語を獲得しようとしたのである。

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