第30話・蜜の味
その日、アダムと
「エヴァ、ウカはどうしたの?」
とアダムが訊ねると、エヴァは何やらニヤニヤとした様子で答える。
「もうすぐ帰ってくると思うよ!」
二柱の神はいつも、行ったと思ったらすぐ帰ってくる。
「まさか、あいつ……東行ったのか……?」
当時の日本だが、現在とは違い本州、四国、九州の三つは一つの島だった。大陸から切り離されてそんなに時間が経っていない頃である。
だが、この日本というのは、自然を育むのに最も適した島である。飢えた生き物はとりあえず連れてこいというレベルで自然が豊かなのだ。
暖かい海流が近くを流れ、同じ緯度でもほかの場所に比べて冬は暖かい。夏はといえば、冷たい海流のおかげで暖気が和らぐ。チート国土日本だったのである。
また日本という地形の狡さは海流だけではない。山脈も大概だ。まるで日本を縦断するように走る山脈。これが雲をせき止めて、山頂付近に水をもたらす。河川だらけなのはこういう理由だ。当然そんな土地は、生きるのが難しい生物たちの最終到着点。うまく生き方を見つけられなかった生き物を連れて、神はそこへ帰ってくる。
結果、この時代の日本は人口0であり。神口の方は過密である。
「どっちかというと、南かなぁ……」
だが、
「そっか、ならいいか!」
日本に行けば、少し帰るのが遅くなるだろうと
「あ、それよりアダム! 火を
エヴァはそれだけ言う。肝心なところは隠したのだ。
「よっしゃ!」
と、気合を入れるアダム。
「アダム、俺にもやらせろ!」
アダムとエヴァは
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やがて
しばらく海産を食べていないと思って、
「いいかい!? この魚はね、まだあんたらは絶対捌いちゃいけないからね!」
「おおおおお! コイツはうまいぞ!」
縄文時代日本。その遺跡から、フグの骨が見つかっている。超古代から、日本にはフグを食べる文化があったのだ。
「なんでダメなの?」
エヴァは聞いた。
「いいかいエヴァ、胸に手を当ててごらん」
この時代、まだ臓器などという概念はなかった。
「うん……」
それをどうにかこうにか説明するために、
「ドクドク言ってるだろ? こいつはね、毒を持ってて、そのドクドクを止める。すると、死んじまうんだ……」
フグ毒は麻痺毒であり、主に筋肉に作用する。心臓を麻痺させて止めてしまう以前に多くの者は死に至るが、最終的に心臓の筋肉も麻痺させてしまう。そうなれば、死は免れない。
「ひえっ!?」
エヴァはそれを聞いて、胸のあたりを氷の手で鷲掴みにされるような感覚を感じた。
「なんでそんなもん食べるんだよ!?」
アダムは神の食に対する執着が恐ろしくなった。
「決まってんだろ! マジで、うめぇからだ!」
日本人が、毒のあるものでも食べるのは、神の所為である。うまい食べ物は、絶対の善である。だからこそ御膳なのだ。
「こええ……」
アダムは戦慄した。そこまでして食べるのかと……。
「あぁ、あたしらに毒は効かないよ! まずいけどね!」
自分で取ってくると、何故か毒の部分が猛烈に苦いのだ。ほかの生物からの善意のおすそわけだと、毒の有無に関係なく神にとってはとても美味であるが。だから、その苦さを避けて食べる方法を神々は確立した。
「ホイホイっと! 食えよ、うまいぞ!」
「いや、俺は……」
と遠慮するアダム。だが、エヴァがそれをひょいと取り上げて、口へ運んだのである。
「あ、本当だ! 美味しい!」
この頃の人類は、現代人より咀嚼の時間が圧倒的に長い。フグの刺身が現代人よりもずっと美味しく食べられたのである。
噛みしめるたびに溢れ出る甘い脂。繊細なくせに、これでもかと叩きつけてくるような旨み。もう、エヴァには調味料をかける方が無粋だった。
「だろ?」
「うん! アダムも食べなよ! もったいないよ! すっごく美味しいんだから!」
毒があると聞いても食べられるのは、
「じゃ……じゃあ……」
おそるおそる食べるアダム。
目をつぶって、噛み締めた。死ぬかもと思いながら。だが待てど暮らせど、毒の痛痒はない。代わりに視界を閉ざした分、これでもかとのたうち回る旨みばかりがアダムを翻弄した。
「うまっ!」
もう、それしか言えなかったのである。
「「「だろ(でしょ)!?」」」
味を知っている二柱と一人はドヤ顔だった。
それから、海産物パーティは盛り上がった。
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